科学警察研究所 宮坂祥夫,吉野峰生,瀬田季茂
わが国の警察において取り扱われる死体は年間5万体以上,この中には身元 の確認が取れない約数百体に及ぶ白骨死体が含まれている。白骨死体が唯一の 「物件」となる犯罪捜査では,被害者の身元をつきとめることが事件解決の鍵 となり,我々,法科学に携わる者にとっては個人識別(人物特定)こそが鑑定 検査の最終目的となる。 さて,白骨死体からは被害者を絞り込むための様々 な情報が得られる。被害者の性別,年齢,身長,血液型,死後経過年数などの 一般的な識別情報はもとより,骨に認めらる先天性の形態異常,生前の骨折や 骨粗鬆症などの各種疾患の痕跡並びに歯科治療所見などは重要な個人識別情報 としての価値を持ち,後日,入手される医療診断書,医療X線フィルム,歯科 カルテとの照合によって,被害者を特定することができるのである。しかし, 白骨死体の鑑定において,最も一般的,かつ有用な個人識別情報は,なんと言っ ても容易に入手のできる,該当者の生前の顔写真である。よって,二百数個か ら成る全身骨の中でも,顔が位置する「頭蓋」は白骨死体鑑定の主役をなし, 被害者の身元確認のための情報の宝庫といえる。白骨死体の個人識別は,多く の場合,頭蓋からの個人識別を意味すると考えて差し支えないのである1)。 頭蓋からの個人識別は,現在,スーパーインポーズ法や復顔法などの方法に より検査が行われている。スーパーインポーズ法とは,白骨死体の頭蓋と該当 者と思われる人物の顔写真を重ね合わせ,両者の輪廓及び顔面各部の位置関係 を解剖学的知見に基づいて比較検討し,被害者を同定しようとするものである。 これに対し,復顔法は,頭顔部における軟部組織の解剖学的データをもとに, 頭蓋に粘土等で肉付けを行い,生前の顔貌を復元する方法であり,バラバラ殺 人事件のように,該当者が全く浮かび上がらなかった場合に行われる検査手段 である。我々の研究所では,年間50件程度の白骨死体の鑑定を行っているが, その大半はスーパーインポーズ法によって被害者の身元が確認されており,復 顔の検査に処される事例は年間5件前後である。
復顔法は,今でこそ犯罪鑑識の一手法として確固たる地位を占めているが, もともとは身元不明死体の鑑定に応用すべく開発された手技ではなく,その歴 史は今からおよそ百年前に遡る2)。そもそも復顔法は,頭顔部における軟部組 織の厚さに関する研究に端を発し,その研究成果は,バッハやカントなどの著 名人の顔貌の復元に用いられるなど,現在とは目的を異にするものであった。 白骨の鑑定に復顔法が応用されるようになったのは,19 10年代にはいり,法 人類学の開祖の一人であるWilderが復顔法の手引書を示したのが切掛であり, その後のStewart やKrogman らの尽力により,今日の犯罪鑑識における復顔法 の基礎が築かれたのである1),2),3)。わが国において,復顔法が犯罪鑑識の場 に導入されたのは,1925年の杉並白骨事件の時であり,復顔は当時,法医学の 第一人者であった古畑種基先生と,日本を代表する彫刻家の一人である朝倉文 夫先生両人の共同作業で作られたものであった。以来,日本の復顔法は,すで に70年の年月を経ている。 さて,頭蓋から生前の顔貌を復元する復顔法には, 粘土により肉付けを行い顔貌を三次元的に表現する方法(Sculptural Reconstruction, 写真1)と,頭蓋の写真上に筆を加え,似顔絵のように二次 元的に顔を表現する方法(Graphic Reconstruction, 写真2)とがある。
三次元法は粘土法とも呼ばれ,頭蓋の表面に直に粘土を盛りつけていく方法 であるが,実際には,完成した粘土像を原型に,石膏などの塑材を用いて鋳型 (母型) をとり,この型に再度,石膏を流し込み,最終的に石膏像としての顔 貌を復元するものである。一方,二次元法は解剖学的描画法といい,原寸大に 引き伸ばした頭蓋の写真 (正貌・側貌) 上にトレースフィルムを載せ,その上 に眉,眼,外鼻,口唇等の配置や輪郭線設定し,出来上がったフレームワーク (顔の設計図) を基礎に,骨の一般検査で得られた性別,年齢のファクター, 骨の特徴形態や付加情報 (遺留品,遺留毛髪など) から想定される顔貌のイメー ジを徐々に加筆していくものである。いずれの方法も頭蓋と顔貌との解剖学的 位置関係及び人類学的計測データなどの科学的裏付けをもって実施されており, どちらの手技を選ぶかは,専ら検査者の嗜好によるところが大きい。我々の研 究室では,長い間,粘土法を採用してきたが,昭和63年からは手技を解剖学的 描画法に切り替えて鑑定を行っている。描画法は,粘土法の作業のように特殊 な素材や専門的技量を必要とせず,また,出来上がった復顔像の評価について も,頭蓋と顔貌の位置関係を常にチェックしながら作業ができるため,粘土法 よりも解剖学的知見を重視した復顔法といえる。この利点は,復顔法において 最も考慮すべき大切な事柄であると共に,今日,我々が描画法を採用した最大 の理由でもある。
復元された顔は,通常,町の交番の掲示板,新聞,雑誌,時にはテレビ等の マスメディアを介して広く公開されるが,復顔像の評価は,通常,身元が割れ たかどうかの一点に集中してしまい,真の評価であるはずの,復顔像と該当者 の生前の顔の類似性について論じられることは少ない。すなわち,該当者と瓜 二つの顔を復元した場合でも,第三者がその復顔像をみる機会を逸すれば,身 元は割れず,正当な評価が下されないまま終わってしまうのである。このよう に復顔法の評価は,復顔像の質はもちろん,第三者の「顔を見る眼」にも依存 し,両者がうまく噛み合ったときに被害者の身元が判明すると云うことである。 現在までのところ,頭蓋と顔の間に関連性を見いだすことのできる箇所は, 顔面各部の位置と若干の形態だけであり,眉や耳の形態,口唇の厚薄,肥痩状 態や髪型等は,頭蓋という骨からの情報だけでは充分な推定はできないのであ る。Stewart2) は復顔法の法科学分野での価値を認めている一方で,骨のみの 情報により,満足すべき顔貌を得ることはほとんど偶然に等しいとしており, 骨以外の,例えば遺留毛髪,歯科治療痕,衣類,装飾品等の「付加情報」の必 要性を強調している。実際の身元不明殺人事件等では,事件現場に遺留された 毛髪と着衣から,髪型や体型を,さらに身につけていた装飾品類から,被害者 のパーソナリティーや生活環境などを推測し,顔貌復元の一助としているのが 実情である。 復顔法による身元判明率は,一部の研究者によれば30% 以上の 高い数字を掲げているようであるが,実際の現場に携わる我々にとっては,10 %以下というのが共通の見解である。確かに,現行の復顔法は,科学的裏付け をもって実施されてはいるが,まだまだ主観的で,かつ経験と芸術的センスが 要求される方法であり,いまだ多くの課題を残している。法科学の分野では, ある鑑定結果に対して,常に正確性と客観性が要求されるが,この意味合から すれば,復顔法はいまだリスクを伴った検査法と言わざるを得ない。しかしな がら,白骨死体が唯一の物件であるような事件においては,復顔法に寄せられ る期待が大きいのも,また事実である。現在,検査手技のさらなる改善が望ま れている。
最近,コンピュータを利用した新しい復顔法がクローズアップされつつあり, すでに先進諸国の間ではその導入のために種々の研究がなされている4),5),6)。 もちろんその目的は検査の客観化と迅速化にある。現在,我々は,コンピュー タの画像処理技術を応用した新しい復顔法の研究を行っており7),写真3に示 すような,復顔像作成システムを開発した。 その原理は,従来の解剖学的描画法のやり方をそのままコンピュータに導入し, 機械に顔を描かせようとするものである。 本システムは,2系統のコンピュー タから構成されている。すなわち, 1)画像解析装置(NEXUS社,JPN);頭蓋画像の二次元的計測を行い,顔貌の輪郭 線や顔面各部の配置を示すための framework(復顔用設計図) を設定する 装置。 2)画像編集装置(QUANTEL社,UK); 顔の部品画像を頭蓋画像上に順次重ね合わ せるための画像合成機能と,顔画像に修正を加えるための描画機能を有し た装置とである。 一般に,このような目的にコンピュータを導入する場合,最も肝心なのは, ハードウェアの構築よりも,むしろ,ソフトウェア面での問題である。その主 たる問題点とは, 1)いかに顔の設計図(framework) を構築するか, そして, 2)顔を作るのにどのような顔部品を用意しておけばよいのか, の2点である。 以下,コンピュータに顔を作らせる上で必要と思われる基本的事項について 記載する。
コンピュータ復顔法の実際の作業は,上記の復顔に関する知見とやり方のノ ウハウを網羅した実行プログラムのメニューに従い,コンピュータとの対話方 式により操作を行う。 まず,資料となる頭蓋は,フランクフルト平面を保持した状態(正規の正貌 状態)で固定され,TVカメラを介して画像解析装置に入力される。取り込ま れた頭蓋画像のスケール・キャリブレーションは,左右頬骨弓点(zy)間のピク セル数と頭蓋原物における頬骨弓幅 (zy-zy)の実測値をもとに行うことができ, framework を描くための基準スケールが設定される。framework の設定は,写 真5aに示した「復顔」のメニューに従い,項目1番から28番までの計測点を骨 画像上に順にプロットしていくことにより,眼,鼻,口唇等の顔部品の配置を 決めるための仮想線(写真5b) や,指定した計測点における軟部組織の厚さの 指定により,顔の輪郭線 (写真5d>) が半自動的に描かれ,最終的に顔部品を 重合させるための設計図が完成する。なお,メニュー上の括弧内には,各計測点 における軟部組織の厚さの平均値が表示されているが (写真5a,矢印),任意の 数値を入力することが可能であり,被害者の着衣等から推定される生前の肥痩 状態に合わせて,適切な輪郭形状を設定させることができる。画像解析装置で 作成されたframework の画像データは,次の画像編集装置に転送され,ここで 顔部品の選択と顔貌の合成,編集の作業が行われる。
資料頭蓋の形態にマッチした顔部品の選択は,顔部品データベースの検索と いう形で行われる。写真6は眼の部品についての検索例であるが,眼について は,該当者の性別,年齢層,顔の向きを指定すると共に,眼の分類項目である, 上眼瞼溝の有無(一重・二重),眼瞼裂の走向(上向型・水平型・下向型), 眼瞼裂指数(大・中・小)等について適切な指示を与えることにより,眼のデー タベースの数あるファイルの中から,この条件を満たす部品が検索され,その ファイル名が表示されると共に(写真6上,矢印),これに該当する部品画像 がディスプレイ上にも表示される(写真6下,矢印)。
但し,残念なことに顔部品の完全な絞り込みは,コンピュータの能力のみでは 不可能であり,最終的な部品の選別は,検査者が頭蓋の微妙な形態特徴を考慮 してこれを行っているのが現状である。選別された顔部品は,透明陽画の画像 として供給されるため,頭蓋画像のframework 上で適切な拡大・縮小補正並び に適切な配置位置を決定することができ,最終的に頭蓋画像の上に顔部品を正 確に張り付けることができる。一般に,顔部品の張り付けは,輪郭,眼,眉, 外鼻,口唇の順で実施されるが( 写真7a〜e ),全顔部品を張り付けた後に生 じる,部品間の皮膚の色むらや下地の骨の露出箇所については,本装置が有す るペインティング機能を応用し,皮膚色を調色し,骨の表面形状に合わせてこ れを修正することができ ( 写真7f ),完成した顔画像はほぼ自然像に近い形で 再現される。
また,従来の復顔法では,原則としてひとつの頭蓋に対してひとつの復顔像を 作成していたが,コンピュータシステムでは,完成した復顔像をベースに, shading(蔭付け技法) によって眼の周辺の状況を微妙に変化させたり,一重瞼 を二重瞼に,さらには,必要に応じて髪型を換えたり,化粧を施すこともでき, 解剖学的に許容された数種の復顔像を容易に作成することが可能となる (写真 8)。
復元された顔の評価については,スーパーインポーズ法と同様の要領で,顔 と頭蓋の解剖学的位置関係を詳細にチェックすることができる(写真9)。完 成した復顔像は画像としてファイル化され,画像の出力はフィルムレコーダー を用いて行われる。 本システムを用いた復顔法は,手作業と同様の感覚で自由自在に顔貌を再構 築することができ,かつ,何と言っても,従来法に比べ,迅速で,より客観的 な復顔像の作成が可能である。また,ひとつの頭蓋から髪型などを変えた数種 の復顔像を容易に作成できることから,従来よりもさらに幅広い身元確認のた めの情報が得られるものと期待される。
復顔法は,Science であるとともにArt である。コンピュータによる画像処 理の技術が急速に発展しつつある今日,この技術を駆使して新しい復顔法を築 き上げようとする動向はごく自然のなりゆきなのかもしれない。コンピュータ グラフィックスの技術を応用した復顔法は,現在,米国,イギリス,カナダ, オーストラリア,ドイツなどの国々でも,それぞれ独自の方法で開発が進めら れている。 コンピュータが白骨死体に息を吹きかける日が,もう間近に迫っているので ある。
1) 瀬田季茂,吉野峰生,白骨死体の鑑定,1990,令文社 2) Stewart,T.D.,Essentials of Forensic Anthropolo gy,P.255,1979,C.C.Thomas 3) Krogman,W.M.and Iscan,M.Y.,The Human Skeleton in Forensic Medicine,2nd ed.,p.413,1986,C.C. Thomas 4) Perper,J.A.et al,Amer.J.Forensic Med.Pathol., 9:126,1988 5) Vanazis,P.et al,Forensic Sci.Int.,42:69,1989 6) Ubelaker,D.H.et al,J.Forensic Sci.,37:155,1992 7) Miyasaka,S.et al,Forensic Sci.Int.,74,1995(in press) 8) 鈴木 尚,人類誌,60:7,1948 9) 小川晴昭,歯科学報,60:705,1960 10) 市川和義,科警研報告,34:55,1981