LastUpdate 2014.2.12
会長提言(第1種) |
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日本機械学会 2013年度(第91期)会長 矢部 彰
2011年3月11日に起きた東日本大震災から,まもなく3年を迎えようとしています.本会では,大震災直後より東日本大震災調査・提言分科会を組織し,7つのWGを作り,被害状況の調査を行うとともに,技術者および研究者として何を改善すべきか,学会として何ができるかといった視点から,組織的な活動を行い,「東日本大震災合同調査報告−機械編−」(2013年8月発刊)にまとめさせていただきました.
また,2年間をかけて調査分析した内容を基に,震災が我々に与えた教訓を改めて見直し,将来に向けて我々工学に携わる技術者・研究者がなすべきことを,日本機械学会のユニークボイスとしてまとめるべく活動をしてまいりました.具体的には,調査・提言分科会で作成した提言内容を基に,理事会で種々の観点から検討して提言案を作成し,1ヶ月間,会員の皆様からのコメントをいただき,その内容を反映させて,以下に示す提言の形にまとめることが出来ました.日本機械学会から発信するユニークボイスとして,国内外に広く発信させていただくべく,記者発表もさせていただきました.また,この提言内容を実際に実現していく活動を,日本機械学会が先導して実施するべく,会員の皆様と共に,全力で努力していきたいと思います.
2014年2月12日
日本機械学会
日本機械学会は,2年間に及ぶ東日本大震災調査・提言委員会の活動の成果として,調査結果に関する成果報告書を作成すると共に,大震災に学ぶ工学のあり方に関する提言をまとめた.この大震災から学ぶ最も大きな教訓は,「技術者と社会のコミュニケーション」を推進することの重要性である.技術者が提案する技術とその成果物が持つベネフィットとリスクを正しく分析して社会に説明し,広く社会の理解を得ると共に,社会における合意形成の活動に対して貢献することが重要である.この提言を,社会に対して発信すると共に,日本機械学会が先導する形で,社会と工学との接点を強化し,技術に対する認識を共有できる社会を実現するべく,産学官連携の下に,提言内容を強力に推進していきたい.
原子力発電設備等の大規模システムにおいては,科学および工学の多様な分野からの知識が統合されてシステムが構成されている.東日本大震災では,地震あるいは津波等の大規模災害にさらされた場合,この大規模システムにおいて個々の専門知の隙間に弱点が存在していたことが明らかになった.たとえば,大規模災害を引き起こした津波に対する機械設備の安全対策の視点からの検討は,従来は取り組まれてこなかった.この弱点を克服し,今後弱点が生じないようにシステム全体の信頼性を向上させることが必要である.このためには,システム全体を俯瞰的に見て,個々の専門知の隙間に存在する弱点を抽出し,設計の科学の観点から対策を講じることが重要である.このシステム全体の信頼性を向上させる方法論を確立するため,日本機械学会をはじめとして,産学官が協力して,早急に取り組むように努力することが必要である.
人工物の設計においては仕様を決める段階で,その人工物が生涯にわたって経験するであろう外力の最大値等を「想定して」,はじめて設計を行うことが可能になる.外力が地震や津波などの自然の大規模災害による場合,この「想定値」を超える場合もありうる.ここで生じる二つの問題,すなわち,
(1)どのように「想定値」(安全目標)を決めるのか
(2)「想定値」を超える事象が発生した場合にどのように対処するのか
に対して,真摯に対応する必要がある.
今回の大震災から学ぶ教訓は,「想定値」を設定した場合にその根拠となっている安全目標について,あらかじめ社会に説明して広く理解を得ると共に,またそれを超える事態が発生するリスクとそれへの対処方法についても社会に説明して広く理解を得ると共に,社会における合意形成の活動に対して貢献することが重要である.
これは原子力の施設に限らず,化学プラントあるいは交通システム等の大規模システムについても重要であり,日本機械学会をはじめとして,産学官が協力して,設計基準の根拠となる想定値の考え方と「想定値」を超えた場合への対処方法を社会に対して説明するよう努力する必要がある.
ものづくりに携わる技術者・研究者は人工物を計画する段階で,それによって得られるベネフィットと共に内在するリスクを正しく予測して社会に発信し,あらかじめ社会の正しい理解を得るように努めて,社会における合意形成の活動に対して貢献することが必要である.そのためには,
(1)リスクを正しく予測してそれに対処する技術(リスクマネジメント)
(2)リスクを正しく社会に発信して社会の理解を得て,社会における合意形成の活動に対して貢献する技術(リスクコミュニケーション)
の二つの技術を身につける必要がある.これは単に技術者,研究者個人が身につける素養であるばかりでなく,大学,企業,あるいは国などの組織の単位についても重要なことであり,広く社会において技術に対する双方向のリスクコミュニケーションを推進することが必要である.
日本機械学会をはじめとして,工学系関係者に限らず産学官でこの問題に真摯に取り組み,必要な情報をタイムリーに社会に発信し,社会の正しい理解を促進する仕組みを作ってこれを実行し,リスクコミュニケーションを推進するよう努力することが必要である.
東日本大震災の教訓を今後発生しうる巨大地震等による災害の低減に活かすため,産学官の連携をより一層推進し,今回の大震災に関する調査・研究の成果を,ものづくりに関する国際的な規格・基準やマニュアル等に反映させ創造することが必要である.これにより,今回の震災による経験を次世代に引き継ぐことも可能になる.さらに,これを担う若手研究者,技術者(オペレーターを含む)の育成,教育訓練を実施していくことも重要である.日本機械学会をはじめとして,産学官の連携の下に大震災に関する調査結果を,国際的な規格・基準に反映するよう努力すると共に,それを担う人材の育成が必要である.