氷結晶を制御する微生物の知恵



小幡 斉

 

関西大学 教授

工学部

生物工学科

obata@ipcku.kansai-u.ac.jp

 



1.はじめに

地球上の生物圏の80 %近くが低温環境下にあると考えられる.したがって地球上での低温環境は普遍的な環境といえる.このような環境で生存するためには,生物によって様々な生活のための耐寒戦略を持っている.

30億年前から地球上に存在している微生物は,氷河期時代の環境下でも生存していることから,低温化での環境に適応する力を獲得していることが考えられる.低温で増殖できる微生物のうち,生育限界温度が20 ℃前後で,最適温度が15 ℃以下の好冷菌は低温になると,細胞膜中の脂肪酸を不飽和化し,更に低温酵素を誘導合成して低温の環境下で生活している.低温化の環境に適応できる水を凍りやすくする細菌(氷核活性細菌)1) や氷結晶の成長を妨げる細菌(不凍細菌)は,どのような生活の知恵を持っているのだろうか.微生物にも極地で生活しているような生物の凍結体制機構を有しているのだろうか.現在までに,我々は3種類の氷核活性細菌と2種類の不凍細菌を見つけ出している.従来,物理学的現象として考えられていた水の凍結という現象に,微生物が深くかかわっていることは非常に興味深く,こうした微生物の耐寒戦略の知恵を学び,我々が有効に利用したいと考えている.




2.氷核活性細菌

   


 微水滴を-2 付近で凍結させる氷核活性細菌が発見されてから,水の人工氷晶核として注目されてきている.その細菌は,不均一核形成を起こす氷核タンパク質を有していることが知られている.そのタンパク質は,アミノ酸の繰り返し配列が多く,その構造が水分子を配列させるために重要であることが知られている.Kozloff2) は,氷核活性細菌の最も高い氷核活性構造には氷核タンパク質だけでなく,脂質や糖類も関与していることを報告した.また,氷核活性細菌の機能を逆手にとって有効利用する研究が世界でスタートしている.我々は,食品に利用されている氷核活性細菌で,キサンタンガムを生成するXanthomonas campestrisが菌体外に氷核活性物質を分泌することを見つけている.この物質は,衛生面においても菌体外物質であることから,安全性が期待され,新しい利用面が期待されている.

 最近,我々は,低温性氷核活性細菌のPseudomonas fluorescens KUIN-1を低温馴化することによって凍結耐性能が著しく高くなることを明らかにした.その凍結耐性機構を調べた結果,低温感受性酵素に対して凍結を保護するタンパク質が低温馴化で誘導合成されていることがわかった.

氷核活性の測定

 氷核活性はリン酸緩衝液で菌体数を一定(OD660 = 0.1, 107 cells/ml)にしてから,Valiの小滴凍結法で測定した.すなわち,銅版の上にアルミのフィルムを置き,その表面に試料を10 mlずつ30箇所滴下し,毎分1.0 ℃の速度で温度を低下させて,30個の小滴の10%,50%,90%が凍結する温度をT10, T50, T90としている.氷核形成スペクトルはLindowらの方法3) に従って求めた.

凍結保護活性の測定4)

 市販の乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH,オリエンタル酵母社製,from pig heart)をあらかじめ透析によりグリセロールを取り除いた後,凍結保護タンパク質(100 mg)をLDH3 unit)に添加して25℃で30分間放置した試料を,-20 24時間凍結させた.その後,4 で融解し,60 ml3 mlの反応液[80 mM Tris-HCl緩衝液(pH 7.5)100 mM KCl2 mMピルビン酸,0.3 mM NADH]に添加し,340 nmの吸光度を測定した.そして,LDHの残存活性を調べた.

凍結保護活性 (%)

X:試料を添加したときのLDHの残存活性(凍結)

Y:緩衝液を添加したときのLDHの残存活性(凍結)

Z:緩衝液を添加したときのLDHの残存活性(未凍結)

3.不凍細菌(氷結晶の成長を抑制する細菌)

 極地の魚には,しばしば氷点下の温度になるが,それでも多くの魚(ノトセニア魚類)が元気に泳いでいる.その要因は,血液中に水を凍りにくくする不凍タンパク質があるからである.興味深いことに,海水の温度が上がるとそのタンパク質は生産しなくなることが知られている.

 1998年,H.Xu5) P. putida GR12-2の培養液中に新規な不凍タンパク質が分泌されていることを見つけて,単一に精製している.その不凍タンパク質(AFP)は,分子量が約164 kDa92 kDaが糖類)で,比較的グリシンやアラニンが豊富であることがわかっている.さらにその不凍タンパク質は糖や脂質も含まれている.新規な不凍物質{リポ糖タンパク質(AFGLP)}であることがわかっている.AFPは別名,熱ヒステレシスタンパク質と呼ばれており,融解温度を変化させることなしに,水の凍結温度を低下させるユニークな特性を所有しており,低温存在下で重要な役割を果たしている.

不凍活性の測定法 6)


 不凍活性を測定するには,低温度制御が可能な位相査顕微鏡(Olympus, L600A)を使用し,ガラスシャーレを-20℃に保持し,その上に1 mlの試料を置き,100/min -40℃に温度を低下させる.その後,100/min -5 ℃にし,そこから5/minで氷の結晶を溶解させる.結晶を単一にさせた後,1/minで温度を低下させ,氷を再結晶化し,写真を取り込んだ.ブランクとしてはMilliQを使用し,標準としては,AFP I(市販されている魚由来の不凍タンパク質,A/F Protein Inc., MA, USA)を使用した.また熱ヒステレシス(Thermal hysteresis,℃)の測定は,オスモメーターで測定した.








4.おわりに

 従来,物理学的現象として考えられていた水の凍結という現象に,微生物が深くかかわっていることは非常に興味深く,こうした微生物の生活の知恵を学び,その機能を人類が有効に利用できるようになるかもしれない.水の過冷却をなくするタンパク質も氷の結晶成長を抑制させるタンパク質もなかなか置くが深く,また応用範囲も非常に広く,社会から期待されている.

 

参考文献

1) N. Koda, Y. Inada, S. Nakayama, H. Kawahara and H. Obata : Biosci. Biotechnol. Biochem., 66(4), 866-868 (2002).

2) L. M. Kozoleff, M. A. Turner, F. Arellano and M. Lute : J. Bacteriol., 173, 2053 (1991).

3) S. E. Lindow, and D. C. Arny : Plant Physiol., 70, 1084 (1982).

4) K. Noriko, T. Asaeda, K. Yamade, H. Kawahara and H. Obata : Biosci. Biotechnol. Biochem., 65(4), 888-894 (2001).

5) H. Xu, M. Griffith, C. L. Patten and B. R. Glick : Can. J. Microbiol., 44, 64 (1998).

6) K. Meyer, M. Keil and M. J. Naldrett : FEBS Lett., 447, 171-178(1999).