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熱工学とフォトニクスの出会い〜メタ表面を用いた熱輻射スペクトル制御

原 淳一




大阪大学 教授
フォトニクス先端融合研究センター
大学院工学研究科 精密科学・応用物理学専攻
takahara@ap.eng.osaka-u.ac.jp

1. はじめに

 過去に発生した大規模地震災害である関東大震災(1923年9月1日),阪神・淡路大震災(1995年1月17日)そして東日本大震災(2011年3月11日)では,一部地域で火災が発生し地震被害を受けた地域に更なる損害を与えた.このように大規模な地震災害後にはしばしば火災が発生し延焼する.そして,その消火活動には常に多くの困難を伴う.第一には,大規模災害後に発生する火災の特徴として,多数の火災が広域にわたり同時に発生する.そのため公設消防の対応能力つまり所有する消防車両数を上回る件数の火災が同時に生じると,一部の火災対応が不可能となる[1,2].その結果,消火活動を行えないまま延焼・拡大を許す火災が生じ,被害拡大へとつながる[1-3].そして第二には,地震の強烈な衝撃により,また沿岸部ではそれに加えて津波の影響により,道路,電気,水道そして消防水利のようなインフラストラクチャーの破壊や機能不全が生じる.例えば道路では,路面の陥没・損壊,液状化現象の影響による路面変形,倒壊した家屋による道路閉塞また津波による路面冠水などによって車両通行が阻害される[3-5].その結果,消防車両が火災現場へ到着できず消火活動が不可能となる.更に消防水利においても,断水そして倒壊家屋などによる消火栓の埋没により使用が不可能となる[3-5].このように大規模災害後の火災には通常の消火法が利用できないという状況が発生する.更に第三の困難さとして,消防車両つまり消防士が火災現場に到達できない状況下では,発生した火災の延焼を許すか否かは地域住民の初期消火活動の成否に大きく依存する[1,2].しかし緊急時に一般市民が取り得る消火手段は,各家庭に備え付けられた消火器の使用やバケツリレーで搬送した水の利用など多くはなく,またそれらの方法は火災規模が大きくなるとほとんど消火効果を期待できなくなる.
 このように大規模な地震や災害の発生後に生じる火災に対する消火活動は,常に多くの困難を伴う.その問題を解決するためにも,緊急時に利用可能で,かつ一般市民にも簡単に使用でき,消火効果の高い新しい消火法そして消火機器の開発が重要であり,また必要である.
 日本機械学会の会員でもない私が,熱工学部門のニュースレター執筆の機会を与えていただいた.良い機会なので,研究紹介だけでなく自己紹介を兼ねた経緯と熱工学との出会いで感じたことも書いてみたいと思う.
 私は電気系の出身で,ナノフォトニクス,特に金属ナノ構造のフォトニクスであるプラズモニクス(plasmonics)を専門としている[1].学会は主として応用物理学会(応物)において研究活動を行ってきた.1997年ごろから白熱電球の高効率化を目指して,マイクロキャビティによる熱輻射制御の研究をサブテーマとしてはじめた.応物はLEDやレーザーの研究が中心を占めているので,周りには熱輻射を研究する人は皆無であった.2000年代前半のことだと思うが,応物の全国大会で湯上浩雄先生(東北大学)の熱光起電力(TPV)発電の発表を目にして,目的は違うものの同じタングステンのマイクロキャビティを研究しているグループがあることを知って驚いた.このころはまだプラズモニクスと熱輻射制御の研究は,私の中でははっきりと区別されていた.しかし,両研究が進展するにつれ,表面プラズモンの効果が熱輻射スペクトルに観測されたり,表面プラズモンの強い吸収が熱源として利用されたりといった具合に,区別は意味のないものになっていった.現在,私の研究室では,両テーマを完全に一体化して研究をすすめている(私は「サーモプラズモニクス」と命名している).
 2007年に花村克悟先生(東京工業大学)のお誘いで,日本熱物性学会研究会において「メタマテリアルによる熱輻射の制御に向けて」というテーマで講演したことをきっかけとして,機械系を中心とする熱輻射研究コミュニティーに加えていただいた.機械系のことは良く知らなかったので,同じ研究をする仲間が多数いたのだとうれしく思ったことを良く覚えている.このようなわけで,私は熱工学とフォトニクスの境界領域で研究をするようになった.
 本稿では,熱輻射制御の原理的に新しい方法として,プラズモニクスを利用した方法について我々の研究を中心に紹介する.これはプラズモニック共振器を極薄の共振器として用いる方法である.これは2次元メタマテリアル,すなわちメタ表面(metasurface)とみることもできる.また,プラズモニック共振器を電気的に接続して,通電加熱できるようにしたメタフィラメントについて述べる.

2. 研究の背景と目的

白熱電球は熱輻射光源の一種であり,熱工学とフォトニクスは当初から深い関係がある.しかしフォトニクスでは,照明用光源の半導体化が推進され,LEDやLDに夢中になっている間に,効率の低い白熱電球の研究は衰退してしまった.筆者は2014年6月にイタリアのコモで開催されたライティングシンポジウム(14th International Symposium on the Science and Technology of Lighting (通称LS14))においてBreakthrough Talkをする機会を与えられたが,伝統ある照明の国際会議でも,光源部門では私以外の発表はほとんど全てLED光源に関するもので,放電ランプがいくつかある程度であった[2].
 一般に白熱電球は効率が低いと思われているが,電力と電磁輻射とのエネルギー変換デバイスとしてみると,効率90%以上の高い変換効率を持っている[3,4].これはLEDのそれが50%程度であることを考えると白熱電球はLEDより効率が高いということができる.白熱電球の輻射は自然の黒体輻射スペクトルによっているために,目に見えない赤外線の成分を多く含み,電力から可視光への変換効率が低いだけにすぎない.この意味で白熱電球のポテンシャルは高いので,熱輻射制御によりスペクトルを制御できれば,高効率光源となる可能性を秘めている.
 とはいえ基礎的な面では,熱輻射の研究はほとんど終わっているようにみえるかもしれない.しかし,決してそうではない.熱輻射の研究はナノテクノロジーと出会うことで再び息を吹き返している.ナノテクノロジーは電気伝導や光学特性などをはじめとして,様々な物性値を自然の値から変化させて制御することを可能にした.今日では輻射率や熱伝導率などの熱物性もナノテクノロジーによって制御できるようになった[5].さらに,最近ではエバネッセント波による黒体輻射を超える熱輸送,ナノオーダーに近接して配置された金属ギャップ間におけるカシミール効果,光アンテナによる狭帯域の熱輻射赤外エミッターなど,熱輻射に関係する最先端の基礎研究の話題は列挙にいとまがない.
 光源やエネルギー輸送への応用の面から,熱輻射のスペクトルや指向性を制御したいというニーズは古くからある.しかし,一般に熱輻射スペクトルは極めて広帯域であり,指向性もなく輻射分布はランバート則に従う.このため熱輻射制御は単色光で使用される単純な誘電体多層膜では効果が限定的であり,そのインコヒーレント性ゆえに制御が難しいといえる.このような中で,今まで熱輻射制御に用いられてきたのがFig. 1(a) 示すマイクロキャビティである.これは金属の表面に穴をあけて光の空洞共振器としたものである.

Fig. 1 (a) Microcavity array, (b) metasurface composed of U-shaped split-ring resonator and (c) metafilament composed of connected U-shaped split-ring resonator

 表面に形成した人工的な微細構造により熱輻射スペクトルを変える熱輻射制御の試みは,1986年にSi基板の深い1次元回折格子によりはじめて行われた[6].それ以来,マイクロキャビティ[7,8],フォトニック結晶[9,10],金属ナノキャビティ[11]など様々な方法が提案されてきた.熱励起された表面プラズモンポラリトン,表面フォノンポラリトン,擬似表面プラズモンなどの表面波を用いた狭帯域の熱輻射も報告されている[12-14].
 近年のメタマテリアル分野の急速な進展にともなって,様々な波長帯における完全吸収帯が実現されるようになった[15].キルヒホッフの法則から吸収率は輻射率に等しいから,完全吸収帯は加熱することにより選択熱輻射エミッターとしても応用できる[16-19].
 熱輻射制御の応用の代表的なものとしてTPV発電がある.これは高温物体からの排熱をマイクロキャビティにより,波長1.8μm以下の赤外線域に変換してGaSb電池に照射し,電力に変換して回収するシステムである.マイクロキャビティでは金属にあけた穴が電磁波に対する共振器としてはたらき,共振波長において熱輻射の増強がおきるので,希望する帯域に輻射のエネルギーを集中させることができる.しかし,原理的にマイクロキャビティは制御しようとする波長と同程度の深さの穴を必要とする.可視光程度では問題がないが,波長が赤外域に入り長くなると,深い穴の微細加工は不可能ではないが簡単ではなくなる.
 このようなマイクロキャビティの問題点を解決するために,我々はメタ表面の利用を提案している.Fig. 1 (b)にその例を示す.これは穴のかわりにプラズモニック共振器を用いるものである.プラズモニック共振器はどのような形でも良いが,我々はU字型分割リング共振器(Sprit Ring Resonator: SRR)を用いている[17,18].U字型SRRはメタマテリアルの代表的な共振器構造として良く知られている.メタ表面を利用することで微細加工はプレーナープロセスのみですむので,作製は極めて容易になる.

3.メタ表面による熱輻射制御

 Fig. 2は作製したメタ表面をもつ熱輻射中赤外線エミッターの光学顕微鏡写真と断面図である.周期5μm,一辺3.2μmの金のU字型SRRを電子ビーム露光と蒸着にて基板表面に作製した.基板はガラス基板上に反射層として銀を150nm蒸着し,SiO2誘電体層を36nm蒸着している[13].この反射層はSRRからの熱輻射を覆い隠してしまうガラス基板からの熱輻射を反射させて抑制するためのものである.
 デバイスは市販のセラミックヒーター上に固定され,真空中で10Wの電力を投入して加熱した.表面温度はデバイス表面に置いた熱電対で計測し,約200度となるように電力を選んでいる.熱輻射スペクトルの計測はFTIRを用いて中赤外域で行った.
 Fig. 3にヒーターへの入力電力10Wの場合における熱輻射スペクトルを示す.SRR構造を持たない平面基板と比較すると,SRR構造を持つデバイスには偏光に依存するいくつかの共振ピークが観測された.これらのピークはシミュレーションとの比較から,SRRとAgの反射層の間に存在する表面プラズモンポラリトン(Surface Plasmon Polariton: SPP)の結合モードであるギャップモードのFabry-Perot共振位置と良く対応していることがわかっている[13].このためSiO2誘電体層の厚さを変えることで,輻射率を1(黒体レベル)に近づけることも可能である[14].

Fig. 2 (Left) Microscope image of U-shaped SRR. Period 5μm, Lx=Ly=3.2μm, w=0.7μm. (Right) Cross sectional view of the device. The SRR was formed on SiO2/Ag/glass substrate.

Fig. 3 Thermal radiation spectra of plane and metasurface devices. Red and blue lines show the spectrum for x- and y-polarization from metasurface, respectively. Black line shows radiation from the plane substrate.

 このようにメタ表面を利用することでマイクロキャビティとは異なる方法で,熱輻射スペクトルを構造により制御し,増強できることがわかる.このメタ表面はFig. 2断面図をみるとわかるように厚さが300nm以下と極めて薄く,制御している波長(中赤外域)と比較して1/10以下しかない.これはマイクロキャビティと比べて有利な点である.ただし,プラズモニック効果を用いるため現状ではまだ材料が伝導率の高い金と銀であり,動作温度が数100℃に限定されており,高い温度には対応できていない.より高温への展開を目指すために,融点の高い負誘電体材料の探索が必要である.

4.メタ表面からメタフィラメントへ

 さらに我々はFig. 1 (c)に示すように,孤立したSRRを金属線で結合して電流を流せるようにすると,輻射制御構造と加熱機能を兼ね備えたフィラメントとなって,外部ヒーターを不要にできるのではないかと考えた.このようなフィラメントは熱容量も小さく,また加熱面と輻射制御構造面が同一であるため,効率が高いと予想される.
 シミュレーションを行ってみると,結合線による接続位置を最適化してmeander型(ジグザグ型)とすることで,3節で述べた孤立したSRRの場合とほぼ同様のスペクトルを示すことがわかった.極薄で熱容量も小さく消費電力の小さな赤外エミッターが実現できるので,我々はこれをメタフィラメント(metafilament)と名付けた[20].メタフィラメントの実験を行ったところ,理論予測通り熱輻射の増強が観測され,プレリミナリーな結果でも外部ヒーターを用いる場合と比較してエネルギー変換効率は18倍に大きく向上することを実験的に確認している[21,22].また,加熱面と輻射制御構造面が同一であることから,基板からのバックグラウンドの熱輻射も減少し,輻射増強ピークのQ値も4倍に向上し,単色性も向上している.

5.熱工学との出会いで思うこと

 異なる分野の研究者と交流すると,ものの見方の違いにはっとさせられることがある.私にとっては「熱はスペクトルがないが,光にはスペクトルがある」という言葉がそうであった.熱には温度があるだけで,たしかにスペクトルはない.光は様々な周波数の光,すなわちスペクトルがあるのがあたりまえである.だから「スペクトルがない」という発想そのものがない.温度の高い物体からの熱を熱伝導で制御している間はスペクトルがない.ところが,熱輻射ではいろいろな周波数のフォトンが熱励起され外部に輻射するから,熱にスペクトルという概念が出て,制御の自由度があがるという御利益がある.
 とはいっても自然の黒体輻射スペクトルは広帯域で,特徴的な周波数が存在しない.あえて周波数を指定するとすればスペクトルのピーク周波数(あるいは波長)であろうか.これでは完全な制御は難しい.本稿で紹介したメタ表面の利用により,熱励起フォトンの周波数も自由に制御できるようになっている.メタ表面の構造の自由度の高さを考えると,まだまだいろいろなことができそうであるが,フォトニクスの研究者はスペクトを計測できれば,それで満足して発想がそこで止まってしまう.熱工学の研究者との交流でこれを突破して,排熱回収や省エネルギーなどの具体的な応用に貢献してゆきたい.

6.おわりに

 プラズモニクスとメタマテリアルは隣接分野として,互いに刺激を与えながら発展してきたが,両分野で当初から共通している問題は金属のオーム損失による吸収である.光領域における金属の大きな吸収のために,プラズモニクスの特徴である回折限界を超える特性は失われ,またメタマテリアルの特異な光学特性も隠されてしまう.例えば,プラズモニクスが注目してきた表面プラズモンモードは,回折限界を超える強い光の閉じ込め効果を持ち,金属層に大きな場が閉じ込められるだけに吸収も大きい.
 キフヒホッフの法則から吸収=輻射率であるから,本稿で述べたメタ表面はこの大きな吸収を輻射率の増大にうまく利用しているわけである.このようにフォトニクスからみると大敵である吸収を,「逆転の発想」で積極的に生かせる場が熱工学の分野にはある.そしてこの逆転の発想は工業用の加熱炉など,重厚長大産業のまだナノテクノロジーの恩恵が及んでいない部分にこそ大きなインパクトを与えるであろう.

謝辞

 共同研究者の上羽陽介博士に感謝する.本研究の一部は科学研究費補助金基盤研究(A) (24246037)の援助を受けて行われた.

参考文献

[1]. 「ナノの世界を照らす次世代光技術 プラズモニクス」,別冊日経サイエンス 202 光技術 その軌跡と挑戦 (2014)p.148-156(翻訳,監修).
[2]. J. Takahara, 14th International Symposium on the Science and Technology of Lighting (LS14), Como, Italy, 24 June (2014).
[3]. 高原淳一,上羽陽介,永妻忠夫, 光学, Vol.39, No.10 (2010) 482.
[4]. 高原淳一, 伝熱, Vol.50, No.210 (2011) 6.
[5]. ナノ・マイクロスケール熱物性ハンドブック,日本熱物性学会編(養賢堂,2014).
[6]. P. J. Hesketh, et al., Nature 324 (1986) 549.
[7]. S. Maruyama, et al., Appl. Phys. Lett. 79 (2001) 1393.
[8]. F. Kusunoki, et al., Jpn. J. Appl. Phys. 43 (2004) 5253.
[9]. S. Y. Lin, et al., Phys. Rev. B62 (2000) R2243.
[10]. M.D. Zoysa, et al., Nat. Photonics 6 (2012) 535.
[11]. K. Ikeda, et al., Appl. Phys. Lett. 92 (2008) 021117-1.
[12]. J. J. Greffet, et al.., Nature 416 (2002) 61.
[13]. F. Kusunoki, et al.., Electron. Lett. 39 (2003) 23.
[14]. Y. Ueba, et al., Opt. Lett. 36 (2011) 909.
[15]. C.M. Watts, et al., Adv. Mater. 24 (2012) OP98.
[16]. X. Liu, et al., Phys. Rev. Lett. 107 (2011) 045901-1.
[17]. Y. Ueba and J. Takahara, APEX 5 (2012) 122001-1.
[18]. J. Takahara and Y. Ueba, Proc. of SPIE 8818 (2013) 88180X-1.
[19]. Y. Ueba and J. Takahara, in SPIE newsroom, 10.1117/2.1201310.005129, 4 November (2013) .
[20]. 上羽陽介,高原淳一:第74回応用物理学会秋季学術講演会 18a-C14-7平成25年9月18日.
[21]. 上羽陽介,高原淳一:第61回応物理春季学術講演会 18p-F12-7平成26年3月18日.
[22]. Y. Ueba and J. Takahara (in preparation).