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メタマテリアルを用いた波長選択性熱ふく射制御と太陽熱光起電力発電への応用 |
櫻井 篤 新潟大学 准教授 工学部 機械システム工学科 sakurai@eng.niigata-u.ac.jp |
1. はじめに 近年,環境負荷を低減し,再生可能エネルギー社会を実現するためには,太陽エネルギー利用の研究が一段と重要性を増しています.そのような背景のもと,最近では次世代の太陽エネルギーの高度利用技術として太陽熱光起電力発電(Solar-Thermophotovoltaic(TPV))が注目されています(Fig. 1a).TPV発電システムは,主として熱源,光吸収材,エミッター,光電変換(PV)セルの4つの要素で構成されます.太陽光発電は,太陽エネルギーのうち可視光の一部しか利用できないのに対し,Solar-TPV発電では太陽エネルギー全てを一旦熱エネルギーとして変換した後,光電変換(PV)セルの高感度領域に整合した熱ふく射光を放射させることで,太陽エネルギーを無駄なく利用することが出来ます.そのため理論的には85%以上もの発電効率が期待出来ると予想されています[1].熱源は太陽光以外にも,発電プラントや製鉄所の廃熱などが自由に選べることもメリットの一つとして挙げられます.ここで鍵となる技術は,波長選択性を持つ太陽光吸収材料とエミッターです.これらは発電に不必要なふく射光を極限まで削減し,太陽エネルギーを最大限に活用するために極めて重要な役割を持ちます.本稿では,これまでに我々のグループで行ってきた波長選択性ふく射制御に関する研究を紹介させて頂きます.
2. 太陽光吸収材料 理想的な太陽光吸収材料は,太陽エネルギーのうち多くを占める可視−近赤外波長領域の光を完全に吸収する一方で,熱ふく射損失となってしまう赤外波長領域の光については全く放射しないといった特性が求められます(Fig. 1b).著者らは,これまでに金属ナノ粒子とセラミックを混合したサーメット多層膜構造に着目し,Fig. 1bのような広帯域ふく射吸収特性を持つ波長選択性太陽光吸収材料を,特性マトリックス法による電磁波解析と遺伝アルゴリズムにより最適設計を行っています[4].Fig. 2はそのモデルを示しており,上から反射防止膜(SiO2),サーメット層(W-SiO2),金属反射膜(W)の順に積層されるものです.最適設計では,タングステン粒子の体積分率や各層の厚さをパラメータとして,理想的な太陽光吸収材料に近い波長選択性を持つ構造を明らかにしました.また太陽放射の性質上,広い入射角でも効率良く光を吸収できることが求められます.Fig.3は入射角を縦軸にとり,吸収率をコンター図にしたものです.我々が提案した構造体は広い入射角において太陽光を効率良く吸収し,かつ赤外光を放射しないという波長選択性を持つということがわかります.サーメットによる太陽光吸収材料は,過去にもZhang氏[5],Kennedy氏[6]らによって精力的に行われましたが,最近では計算技術,薄膜生成技術の進歩により,さらなる発展が期待されています.我々のグループでも,九州工業大学の宮崎康次先生と共同で,この構造体を実際に作製し,正確な金属添加量制御,生成の低コスト化,高効率化に関する研究に取り組んでいます. 3. メタマテリアルエミッター 太陽光吸収材料に蓄えられた熱エネルギーは,Fig.1cのようなふく射特性を持つエミッターによって再放射させます.すなわち本研究で狙うエミッターの特性としては,PVセル(GaSb)の量子効率が最も高い領域に整合するような狭帯域熱ふく射を発現させるものです.本来,熱ふく射は広帯域のインコヒーレント光にしかなりえないと思われていたものが,近年のナノテクノロジーの進化により,その限界を突破することが可能となってきています[7].従ってPVセルの高感度領域に整合するよう波長を揃え,狭帯域熱ふく射を入射させることにより,高い発電効率が期待できます.
この共鳴のメカニズムを説明するために,これまでにいくつかの理論が提案されていますが,様々な形状に対して汎用的に適用できる理論は未だ確立されておりません.そこで,その共鳴現象を説明するためにマグネティックポラリトン(MP)[10]に着目します. MPとは,Fig. 5に示すように入射光によって上下2枚の金属表面において反平行電流が励起され,誘電体スペーサー内において強い光の閉じ込め効果が得られる共鳴現象のことです.著者は,ジョージア工科大学のZhuomin Zhang教授と共同研究を行い,メタマテリアルを用いることで共鳴波長の位置や帯域幅といったふく射特性を自由自在に制御できることを示し,その理論予測法を導き出しました[11].この予測法は,Fig. 6に示すように金属をインダクタとレジスタ,誘電体をキャパシタに見立て,電気回路モデルで簡易的にふく射特性を予測できるものです.これにより,Fig.1cのような特性を持つエミッターを作製するために,メタマテリアルの形状や材料の最適な条件を明らかに出来ます.Fig.7は,この予測法をもとにメタマテリアルを設計し,FDTD(有限差分時間領域法)を用いて放射率を計算した結果です.このようにPVセルの高感度領域である1.4-1.5μm付近に鋭いピークを持つエミッターが実現可能であることを示しています. 4.おわりに 本稿では,Solar-TPV発電への応用の観点から,主に波長選択性ふく射制御に関する研究を紹介させて頂きました.これまでTPV発電に関連する研究は私も含め,理論,数値解析によるものが多く,実証実験の例はまだまだ少数にとどまっております.国内では東工大の花村先生のグループ[12],東北大の湯上先生のグループ[13]などいくつかの研究機関が精力的に研究を行っておられます.海外ではMITのグループが3.2%の発電効率を達成して注目を浴びました[14].このように理論上では85%の発電効率が期待できるとは言え,その実現は遥か彼方のように思えますが,これは高温に耐えうる材料の問題や熱損失をいかに抑えるかという伝熱学的な問題などが山積しており,基礎研究を積み重ねて一つ一つ解決していくことが重要であると考えます.今回,波長選択性ふく射制御のためにメタマテリアルに着目しましたが,そもそもメタマテリアルとは光を自由自在に操ることができるものですので,将来,予想もしていなかった新しい熱ふく射特性が発見されるかもしれません.その応用先はTPV発電のみならず,バイオセンシングやイメージング技術など多岐に渡りますので,非常にやりがいのある研究課題だと思います.このメタマテリアルの研究は,著者がH25年度にジョージア工科大学に1年間滞在した際に行ったものです.この研究生活については,伝熱学会誌に滞在記を執筆させて頂きましたので,こちらもご覧頂ければ幸いです[15]. 6年前に新潟大学に着任してから,ゼロの状態から研究を開始してここまで成果を挙げることができたのは,当研究室の卒業生と現学生の皆さんの努力の賜物であります.また,日頃から学会や研究会等において,多くの先生方からご指導と励ましを頂きましたことを,この場をお借りして心より御礼を申し上げます. 参考文献
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