TED Plaza
FDSによる火災・安全シミュレーション

錦 慎之助




鹿児島大学 助教
大学院理工学研究科 機械工学専攻
nishiki@mech.kagoshima-u.ac.jp

1. はじめに

 近年,OpenFOAM [1] やFrontFlow [2] などのオープンソースコードを利用して熱流体現象を解析する事例が増えている.本報では前述のソフトウェアとは異なり,火災を対象としたシミュレーションソフトFDS(Fire Dynamics Simulator) [3] を利用して解析したトンネル火災と水素漏洩拡散挙動のシミュレーション事例について紹介する.著者は,2006年9月から1年間,Guest Researcherとして米国立標準技術研究所(NIST)に滞在してFDSを利用した研究に携わる機会を得て,これ以降,FDSによる火災・安全のシミュレーション研究を行っている.
 トンネル火災は,1979年の東名高速道路日本坂トンネルでの火災事故,1972年の国鉄北陸本線北陸トンネルでの列車火災事故が国内の大きなトンネル火災事故として挙げられる.最近では,2012年の中央自動車道笹子トンネル天井板崩落に伴う車両火災,2011年のJR北海道石勝線第1ニニウトンネル内列車脱線火災事故が記憶に新しい.十分な安全対策がなされていても思いがけない事故や事件等による火災事故を完全に無くすことは不可能であり,更なる安全対策や不幸にも危険な状況に遭遇した場合に安全な避難行動を行えるような安全教育が必要であると考えられる.また,2015年に燃料電池自動車が市場へ投入される見込みとなっている.燃料に用いられる水素の漏洩・爆発事故が懸念されるが,一般的に開放空間では水素は非常に軽く,拡散速度も速いため爆発の危険はあまり大きくないと言われている.しかし,ガレージ等の閉鎖空間では水素の濃度が可燃範囲に入る可能性があり,安全対策の検討が必要となる.

2. FDS(Fire Dynamics Simulator)

 FDS(Fire Dynamics Simulator) [3] は米国商務省の標準技術研究所(NIST: National Institute of Standards and Technology)が2000年に公開した火災を対象としたCFDソフトウェアである.最新版はFDS Version 6 がリリースされており,バージョンアップする度に継続的に改良されている.また,FDSの計算結果を可視化するSmokeviewも合わせて公開されている.これらのソフトウェアはMS Windows, Mac OS X,Linux で利用可能となっている.FDS Version 5 以降はGoogle Developers サイトで開発が進められており[3],NIST以外のメンバーも開発プロジェクトに参画している.FDSの開発Webサイトのhttp://code.google.com/p/fds-smv/では,FDS・Smokeviewのソフトウェアダウンロードのみならず,ソースコード,マニュアル,サンプルテストケース,validation & verification,ソースコード開発・バグ等修正履歴などが公開されている.また,Google 掲示板を利用した FDS and Smokeview Discussions [4] では,使用上の質問などが議論されており,その内容はメーリングリストで受信でき,検索機能により過去の情報を調査することなどが可能となっている.
 FDSは低マッハ数近似を仮定した圧縮性のNavier-Stokes 方程式,質量保存式,エネルギー保存式,化学種保存式を解いている.計算は,LESとDNSの選択が可能であるが,火災シミュレーションが主要課題であるため,LESに開発の重点が置かれている.乱流モデルは,FDS Version 5ではConstant coefficient Smagorinsky modelのみであったが,FDS Version 6では,Dynamic Smagorinsky model,Deardorff model,Vreman’s eddy viscosity modelの選択肢が追加されている.燃焼モデルは,混合分率モデルと総括反応(DNSの場合のみ選択可能)がある.また,火災シミュレーションであるため輻射は重要なファクターであり,gray gas modelを適応した輻射の輸送方程式を有限体積法により計算している.さらに,Lagrange粒子の移動を追跡できるようになっており,スプリンクラーから噴射された水滴や液体燃料噴霧の計算が可能である.

3. トンネル火災の計算事例

 日本の自動車用トンネル火災の3次元シミュレーションソフトウェアは,川端らによって開発されたFireles [5] が広く知られている.著者らは,王らの研究[6]を参考にして,FDSを利用したトンネル火災のシミュレーションを実行し,FDSのシミュレーション結果の妥当性の検討を行った[7].一方通行の縦流換気方式のトンネルで火災が発生した場合,火災地点より出口側の車両は自走して避難が可能であるが,入り口側には車両が滞留するため,徒歩で避難する必要が生じる.このため,避難経路を確保するために換気施設により,熱気流と煙を火災地点より出口側に押し出しながら,火災を煽らない程度の低い風速,すなわち遡上阻止臨界換気風速を保つ必要があり,この風速を予め予測しておくことがトンネルの安全管理のために重要となる.
 計算モデルはFig. 1に示すようにトンネル長さ100m,幅8.4m,高さ7mの矩形断面とした.火災はトンネル中央で発生するとして熱源を配置した.なお,勾配は0%とした.遡上阻止臨界換気風速は火災規模に応じて変化するため,熱源における発熱速度は,0.1MW, 0.3MW, 0.7MW, 1.0MW, 2.0MW, 3.36MW, 8.0MW, 15.0MW, 30.0MWおよび 60.0MWの10条件で計算を実行した.計算にはFDS 5.4.0を使用した.
 発熱速度3.36MWにおける,換気風速の違いによるトンネル中央断面の温度分布の違いをFig. 2に示す.流入風速が2.00m/sでは熱気流が出口側へ流され,1.75m/sでは入口側へ進行している様子が見られる.このことから,遡上阻止臨界換気風速は1.75m/sと2.00m/sの間にあることが分かる.
 発熱速度と遡上阻止臨界風速を無次元化して整理したグラフをFig. 3に示す.横軸は発熱速度を,縦軸は遡上阻止臨界風速を無次元化した値で,それぞれ以下の式で定義される.

     (1)

              (2)

ここで,Q0は発熱速度,Vcは遡上阻止臨界風速,Hはトンネル高さである.また,Cp は定圧比熱,ρは周囲空気の密度,Tは周囲空気の温度,gは重力加速度である.図中のプロットは,FDSの計算結果で示された熱気流の挙動から,遡上阻止臨界風速に近い流入風速を選んでプロットした点である.無次元化した発熱速度が0.7程度までは,発熱速度の上昇につれて遡上を阻止する臨界風速は速くなるが,それを超えると遡上阻止臨界風速の上昇は緩やかになる.このことは,Okaらが実験から経験的に得た式[8]と良く一致していることが分かる.また,図には示していないが王らの計算データ[6]ともFDSの計算結果は良い一致を示している.
 FDSではスプリンクラー散水のシミュレーションも可能である.最近はウォータミスト噴霧による煙の制御のシミュレーションを行っているが[9,10],煙が水滴に吸着する現象のモデル化などが今後の課題と考えられる.

Fig. 1. Simulation domain and coordinate for tunnel fire.

Fig. 2. Temperature distribution on the depth central cross section.

Fig. 3. Critical velocity of FDS result vs. predictive models. Where B=Xf/H : Xf is head current distance, H is height of tunnel.

4. 漏洩水素拡散挙動の計算事例

 2015年の燃料電池車の市場投入を目前にして,水素ステーションやガレージ,トンネル等での水素漏れ・爆発事故に対する安全対策は重要な課題となっている.開放空間では漏洩した水素は急速に上方に拡散していくため爆発の危険はあまり高くないと言われている.しかし,閉鎖空間で漏洩した水素が外部に流出せずに水素濃度が可燃範囲に入った場合は,水素爆発の危険は十分に考えられる.
 漏洩した水素をセンサーで感知する場合は最適なセンサー設置場所を決める必要があり,また,外部へ水素を逃がす場合は水素の挙動を予め把握して対策を講じる必要がある.いずれの場合も正確な水素拡散挙動を把握する必要があるが,無色透明で目に見えず,また,爆発の危険があり,実験は困難であるため,精度の良い数値シミュレーション技術の構築が必要である.そこで,FDSによる水素漏洩拡散のシミュレーションの計算精度の検討を行った.計算精度を検証するために,福岡県水素戦略会議の支援でCFD解析者のvalidation用に行われた実験をFDSで再現することを試みた[11-13].なお,計算にはFDS 5.5.3を使用した.また,壁面境界条件は滑りなし条件としたことで,下に示す水素濃度の時間履歴が実験データと非常に良く一致させることができた.
 計算モデルをFig. 4に示す.計算は,Hallway modelでの水素拡散の実験[14,15]を模擬して行った.Hallway modelの大きさは横(x)方向2.90m,奥行き(y)方向0.74m,高さ(z)方向1.22mとし,床面にHydrogen inlet,右側面にDoor vent,天井面にRoof ventを配置した.なお,Roof vent とDoor ventが計算領域最外面に配置されると,計算上の不安定性が発生するため,Hallway modelの右側と上側には計算領域を付加して計算を実行した.また,水素濃度を検知するセンターはFig. 1の緑色の点で,Table 1にその座標を示す.なお,FDSではスタッガード格子が用いられており,水素濃度は格子中央の値が記録されるため,実験のセンサー位置に最も近い計算格子の水素濃度と実験データとの比較検討を行った.
 水素はHydrogen inletから実験と同様に毎分57リットルで600秒間流入させる.Fig. 5に示すように流入した水素は浮力により上昇した後,Roof ventからHallway model 外部に流出する.また,Door ventからは外部の空気が流入し,床面を左方向に進む様子が見られる.各センサー位置の水素濃度の時間履歴は,Fig. 6に示すようにFDSのシミュレーション結果は実験データを極めて良く再現できていることが分かる.

Table 1. Sensor locations.

Fig. 4. Overview of numerical simulation domain for hydrogen gas leak.

Fig. 5. Time evolution of hydrogen volume fraction on x–z plane.

Fig. 6. Time evolution of hydrogen volume fraction at each sensor.

5.おわりに

 火災を対象としたFDS(Fire Dynamics Simulator) [3] を利用して解析したトンネル火災と水素漏洩拡散挙動の事例を紹介した.シミュレーション結果は実験をうまく再現できているが,計算格子間隔や境界条件,物性値などの検討を繰り返し行い,適切に設定を行った結果であり,一般的な数値シミュレーションを行う場合と同様の苦労があることは言うまでもない.しかし,FDSは火災シミュレーションソフトウェアとしては世界的に認知されており,信頼性は非常に高いと考えられる.
 FDSでは,“input file”と呼ばれるテキスト形式のファイルに,計算条件を書き込んで計算を実行する.計算実行方法は非常にシンプルであるが,input fileの作成に慣れるのに経験が必要である.新しくinput fileを作成する場合は,FDSに付属されているサンプル問題やオフィシャルサイト [3] に掲載されているValidationやVerificationのinput fileをベースに改良していく方法が最も簡単な方法と思われる.
 火災・安全の問題が世の中から無くなることはなく,防災・減災のためのツールの一つとしてFDSが活用され,少しでも火災・安全のリスクを減少させることに貢献できることを期待する.

参考文献

[1]. OpenFOAM,http://www.openfoam.com/
[2]. FrontFlow,“マルチフィジックス流体シミュレーション”,革新的シミュレーション研究センター,http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/project/rss/software/07_info.html
[3]. Fire Dynamics Simulator,http://fire.nist.gov/fds/ または http://code.google.com/p/fds-smv/
[4]. FDS and Smokeview Discussions,https://groups.google.com/forum/#!forum/fds-smv
[5]. 川端信義,王謙,佐々木啓彰,内藤祐輔,“トンネル内火災時に発生する熱気流の挙動に関する数値シミュレーション”,日本機械学会論文集(B 編),第 65 巻第 634 号,1870-1877,1999.
[6]. 王謙,川端信義,石川拓司,“トンネル火災時の熱気流の遡上を阻止する臨界縦流風速”,日本機械学会論文集(B 編),第 67 巻第 656 号,911-918,2001.
[7]. 錦慎之助,常谷梨津子,“FDSによるトンネル火災時の熱気流挙動の数値シミュレーション”,門脇敏,熱工学コンファレンス2009講演論文集,1-2,2009.
[8]. Yasushi Oka,Graham T. Atkinson,“Control of smoke flow in tunnel fires”,Fire Safety Journal,Vol. 25(4),305?322,1995.
[9]. 錦慎之助,“自動車トンネル火災時の熱・煙の流動とスプリンクラー散水の数値シミュレーション”, 熱工学コンファレンス2013講演論文集,13-14,2013.
[10]. Shinnosuke NISHIKI,“Numerical study of the effect of water mist spray in tunnel fire using FDS”,The 5th JAPAN/ TAIWAN/ KOREA JOINT SEMINAR for Tunnel Fire and Management・Tunnel Fire Safety Research Group of Japan,3(21-24),2013.
[11]. 錦慎之助,紺屋隆馬,“FDSによる室内漏洩水素拡散シミュレーション:実験データとの比較検討”,日本機械学会 九州支部第65期総会講演会,49-50,2012.
[12]. 錦慎之助,“水素漏洩拡散シミュレーション解析手法の紹介と解析精度の現状〜 FDSによる解析 〜”,水素燃焼・安全評価検討/シミュレーション研究分科会,福岡水素戦略会議,2012,http://www.f-suiso.jp/result/4487.html
[13]. Shinnosuke Nishiki,“Numerical Prediction of Leaked Hydrogen Gas Diffusion using FDS”,Seventh International Symposium Scale Modeling (ISSM-7),USB Proceedings,ISSM7-6-04,2013.
[14]. 月川久義,金山寛,井上雅弘,松浦一雄,“部分開放空間に漏洩する水素の自然換気状態における非定常濃度変動の評価に関する検討”,水素エネルギーシステム,Vol.33,No. 3,P28-35, 2008.
[15]. 井上雅弘,金山寛,月川久義,松浦一雄,“室内における漏洩水素の拡散に関する実験的研究”,水素エネルギーシステム,Vol.33,No. 4,32-43,2008.