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宇宙用ループヒートパイプの高機能化へのアプローチ

長野 方星




名古屋大学 准教授
大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻
nagano@nuae.nagoya-u.ac.jp

1. はじめに

 宇宙機の曝される熱環境は地上とは大きく異なるため,熱マネージメントには民生機器とは異なる困難さを伴う。違いとしては,大気の存在しない宇宙空間では熱の移動が起こりにくく,また宇宙への排熱手段は熱ふく射のみであること,3 Kの宇宙背景放射と5778 Kの太陽光入射などの外部熱入力による激しい周期加熱環境に曝されること,その結果,限られた宇宙機空間内においても排熱と保温の要求が時間的空間的に離れて存在することなどが挙げられる。さらに,打上性能や太陽電池パドルの発電量の制約から,熱制御手法は軽量で電力リソースを極力要しないことが大前提にある。
 宇宙機の排熱の最終手段はふく射によるが,宇宙機内の熱の移動は高熱伝導材料による伝導伝熱(〜100mm程度),ヒートパイプ(〜1m程度)などが一般に用いられる[1, 2]。また火星ローバーCuriosityなど,排熱量の大きいミッションでは単相流体ループ(〜数十m)が用いられる[3]。近年,より高効率で省エネな熱輸送デバイスとして,ループヒートパイプ(Loop Heat Pipe, LHP)が注目されている。ウィックとよばれる多孔体内で生じる毛細管力を駆動力とし,電力を用いずに小さな温度差で熱を長距離輸送できるのが特徴である[4]。LHPは米国ではICESAT, EOS-AURA, GOES や SWIFTなどの宇宙ミッションや商用衛星に用いられつつある[5-7]。また日本においても,ETS-[での技術実証や,全天X線監視装置(MAXI)での初実用などが開始され[8, 9],今後のスタンダードな熱輸送技術として期待される。
 一方で,宇宙ミッションの多様化に伴い,熱制御要求がますます厳しくなっている。例えば,複数の発熱機器や大きな設置面積を有する熱源に対して,効率的な熱制御が望まれている。また,宇宙機の小型高性能化やサブシステムの小型化に伴う,熱輸送技術の小型化も求められている。さらに観測機器の検出器などは,単なる冷却要求ではなく,厳しい温度一定制御の要求がある。
 そのような要求に応えるため,著者らはリザーバ制御型LHPやマルチエバポレータ・コンデンサ型LHPといった機能的なLHPの研究開発を行っている[10-14]。本稿では,LHPの原理について説明し,著者らの取り組んでいるリザーバ制御型LHP,マルチエバポレータ・コンデンサ型LHPについて紹介する。

2. ループヒートパイプの原理

 図1にLHPの基本的な構造を示す。また,図中の点1〜9での圧力・温度状態を図2の飽和蒸気圧曲線上に示す。LHPはエバポレータ,リザーバ(Compensation Chamber, CC),蒸気管,コンデンサ,液管より構成される。ループには作動流体が適正量封入されている。流体の駆動源となるウィックは数μm〜数十μmのオープンセル多孔体から構成される。ウィックはエバポレータ内のみに設置されて,他の要素は平滑管で構成される。LHP動作は以下のように説明される。すなわち,エバポレータに熱が負荷されるとウィック表面の液が蒸発する。蒸気はグルーブから蒸気管へと導かれる。さらに蒸気は蒸気管からコンデンサへと導かれる。蒸気はコンデンサ内で凝縮され,サブクールされる。サブクール液は液管,ベイオネット管を介してウィックコアへ導かれ,再びウィック表面へと導かれる。

図1 ループヒートパイプ模式図

図2 P-T線図上に示されたLHP温度圧力状態

 エバポレータが加熱されると,ウィック内の気液界面でメニスカスが形成され,以下で表される毛細管力PCapが生まれる。
(1)

ここでσは作動流体の表面張力,rはメニスカスの曲率半径,θWickは作動流体とウィックとの接触角である。ループが動作するためには,ウィック内で形成される毛細管力が全体の圧力損失ΔPTotと釣り合わなければならない。全体の圧力損失は,ウィック,グルーブ,蒸気管,コンデンサ,液管を通過するときの圧力損失に体積力を加えたものである。つまり,
(2)

が成立する。メニスカスの曲率半径はウィックの細孔半径よりも小さくなれないため,最大毛細管力はウィック細孔半径で決まる。 定常状態においては,LHPの熱収支は以下のように表わされる。
(3)

ここでQsubはCCと戻り液との熱交換量, QleakはエバポレータからCCへ伝わる熱リーク量,QCC-aはCCと外界との熱交換量である。LHPの動作温度はコンデンサのサブクール量がCCへの熱リーク量とバランスするように決定される。Qsubは以下の式で得られる。
(4)

ここで は作動流体の質量流量,Cpは比熱容量である。TCCTInはCCの温度とCC入口の温度である。Qleakは以下の式で表される。
(5)

ここで kEffはウィックの実効熱伝導率,DOWickDIWickはウィックの内径と外径,LWickはウィックの長さ,TEvapは蒸気グルーブ側の蒸気の温度,TCCはCC内の流体の温度である。この温度差はウィックでの圧力損失を除く全圧力損失と釣り合うように決定される。
(6)

 図3は実験室で自作したLHPである。動作時のサーモグラフィの様子を図4に示す。熱負荷を与えると自動的に熱がエバポレータからコンデンサまで運ばれているのが見て取れる。

図3 実験室LHP

(a) 30秒後          (b) 60秒後          (c) 120秒後          (d) 300秒後
図4 LHP起動時のサーモグラフィの様子 [15]

3.リザーバ制御型LHP

 LHPにおけるCCの主な役割は,ループ内の余剰作動流体を貯蔵し,また,ループ内で液が不足した場合に液を供給する,いわゆる液溜めである。動作時においてCC内は飽和状態となり,エバポレータ内ウィック内に存在する飽和状態と式(6)の関係が成立している。エバポレータのCCの圧力差は,LHPを動作させるのに必要な圧力差,つまりウィックを除くループ全体の圧力損失総和に相当している。CC内は飽和状態にあるため,CCの温度を制御することで圧力制御が可能となり,LHP動作に制御機能を持たせることができる[16]。
 ループの動作温度はCC内に存在する二相状態の作動流体の飽和温度で決定される。CC飽和温度は,図5(a)に示すように,エバポレータ側からのウィック径方向への伝導熱リークQleakと,液管からのサブクール液が再び飽和状態になるのに必要な補償熱量Qsub,および外界との熱交換QCC-a(通常無視できるほど小さい)の熱収支が式(3)で与えられる。外界温度TAmbがシンク温度TSinkよりも高い場合,CCの自然動作温度TCCは供給熱量Qloadに対して,図6のようなV型曲線を描く。
 また,CCに外部から熱エネルギーQCCを能動的に与えたとき,CCでの熱収支は図5(b)より,
(7)

となる。CCの制御にヒータを用いる場合,ヒータ電力QheaterQCCと等しくなる。CCは加熱制御のみとなるため,制御可能となるのは自然到達温度が設定温度よりも低い領域(図6のzoneA)に限られる。
 次に,著者らが行っている熱電モジュールTECを用いたCC温度制御の概念を図5 (c),(d)に示す。TECの片側はCCに,他端は高熱伝導性のサーマルストラップを介してエバポレータに接続されている。TECに供給される電流の正負を任意に入れ替えることで,TECの発熱と吸熱が入替わる。その結果,CCの加熱と冷却の両方が可能となり,CC制御範囲を図6のzone@まで拡張できる。CC加熱時はTEC吸熱側の面でエバポレータへの熱負荷を吸収するため,実際にCCに供給される熱エネルギーQCCは,供給電力QTEC,AppとTEC低温側での吸熱量QTEC, Lの和となる。
(8)

 したがい,必要電力量はヒータを用いる場合よりも小さくすることができる。一方,図6のzone@においては,CCはTECにより冷却される(図5 (d))。また,TECで吸収された熱エネルギーはエバポレータ側へ供給されるため,エバポレータでの熱負荷が実質的に増大する。熱負荷の増大は飽和温度をさらに下げる方向に作用するため,冷却に必要なTEC電力量はさらに削減される。

   
   (a) Energy Balance for CC        (b) Energy Balance with CC control

 
(c) TEC Heating CC         (d) TEC cooling CC
図5 CC能動制御の概念図

図6 飽和特性カーブ


 以上のようにTECを用いてCCを加熱・冷却することで発熱量や外界温度が変化しても動作温度を一定に制御することが可能となる。この手法は,例えば観測機器の検出器での一定温度制御要求に応えることができる。さらに,TECを用いることでヒータよりも少ない電力で温度制御を実現することができる。また,紙面の都合上詳細は省くが,CC制御はLHPの起動信頼性向上,および強制シャットオフにも有効である[8]。
 図7にCC制御なし,およびCC制御ありの場合の,CC温度とエバポレータへ与えた熱負荷の関係を示す。CC制御ありの場合のCC設定温度は40℃とした。CC制御なしの場合は,エバポレータへの熱負荷に応じてCC温度が変化しているが,CC制御ありの場合はエバポレータへの熱負荷を変化させているにもかかわらず,設定温度でほぼ一定に制御が行われている。熱負荷10W,20W付近で±4℃以内の温度変動がみられたが,熱負荷40W以上では,±1℃以内の精度で温度制御が行えていることがわかる。
 図8にエバポレータへの熱負荷を50W一定とし,CC設定温度を25℃/30℃/35℃/40℃/35℃と設定したときの代表的な5点の温度履歴とTECへの供給電力の履歴を示す。電力の制約から40℃に制御することができなかったが,それ以外はCC温度をTECの加熱冷却制御により設定温度に維持できていることがわかる。50W熱負荷時での自然動作温度は約33℃であるが,CC温度制御によりCCを25℃から38℃まで温度制御ができることを示している。特に33℃以下で制御できたということは,TECの冷却機能が有効に働いたということを意味しており,これは第6図のZone@を示している。尚,温度制御に要したTEC電力は1W未満であった。

図7 CC温度履歴(CC制御あり・制御なし)[11]

図8 一定熱負荷でのCC温度履歴 [10]


 次に,CC制御なしおよび制御あり(設定温度43℃)それぞれにおいて,シンク温度-15℃でLHPを起動させた後,シンク設定温度を-15℃から20℃,20℃から-15℃と変化させたときの冷却水入口温度とCC温度を図9に示す。このとき,エバポレータへの熱負荷は50W一定である。CC温度は,CC制御なしでは,シンク設定温度20℃から-15℃への変化にともなって, 42℃から25℃へと大きく変動しているのに対し,CC制御ありでは43℃一定で制御ができていることがわかる。シンク温度の変化は,宇宙機の曝される外部環境が大きく変動したときを想定しており,CC制御を行うことで外部環境に左右されずにループ動作温度を制御できることを表している。

図9 シンク温度変化時のCC温度履歴(CC制御あり・制御なし)[11]

4.マルチエバポレータ・コンデンサ型LHP

 図10に2つの並列エバポレータと並列コンデンサを有するLHPの流れの概念と,それに対応した圧力損失ダイアグラムを示す。それぞれのエバポレータ内のウィックで生じる最大毛細管力は,シングルLHPのエバポレータと同じく式(1)で表される。LHPの動作により流体が循環すると,LHPの各要素で圧力損失が生じる。各々のエバポレータを流れる作動流体の質量流量は以下の式で表わされる。
(i = 1, 2)      (9)

 LHPが正常に動作するためには,それぞれのエバポレータ内のウィックで生じる最大毛細管力はウィックに負荷される全圧力損失よりも大きくなければならない。すなわち,以下の成立が必要である。
(i = 1, 2)      (10)

 図10(a)では,エバポレータ2がエバポレータ1よりも高い熱負荷を受けているときの状態を示している。蒸気管(point 5)からコンデンサを介して液管(point 12)までの圧力損失は,両エバポレータで等しく,その値はエバポレータへの総熱負荷量で決まる。エバポレータ1内のウィック外周(point 1)から蒸気管(point 5)までの圧力損失と,液管(point 12)からエバポレータ1内のウィック内壁(point 14)までの圧力損失はエバポレータ1に負荷される熱量のみで決定される。同様にして,エバポレータ2内のウィック外周(point 3)から蒸気管(point 5)の圧力損失と,液管(point 12)からエバポレータ2内のウィック内壁(point 16)に至るまでの圧力損失は,エバポレータ2に負荷される熱量のみで決定される。つまり各エバポレータに負荷される圧力損失は,総熱負荷量と,2つのエバポレータ間の熱負荷分布のみに依存する。
 一方,熱負荷が片方のエバポレータのみに与えられたとき,熱負荷を受けていないエバポレータはコンデンサとして機能する。この点がマルチエバポレータ型LHPの特徴である。図10(b)にエバポレータ2に熱負荷を与え,エバポレータ1に熱負荷がないときの圧力損失ダイアグラムを示す。エバポレータ1側の蒸気管(point 5) から液管(point 12)の流れは逆転し,流体はエバポレータ1内をpoint 2からpoint13へと流れる。その結果,エバポレータ1のウィックが保持する圧力損失は図10(a)の圧力損失よりも小さい。エバポレータ1側で排熱できる熱量は,2つのコンデンサとエバポレータ1間の質量保存則,エネルギー保存則,および運動量保存則により決まり,これらは熱負荷量,熱輸送管径,コンデンサ温度,外界温度などの要因で決まる。

(a) 両エバポレータ熱負荷時(通常動作)

(b) 片側エバポレータ熱負荷時(HLSモード)
図10 マルチエバポレータ・マルチコンデンサ型LHPの原理図 [11]


 図11はMLHPへの合計熱負荷量を50Wに保ちながら両エバポレータへの熱負荷の割合を変化させたときの温度の時間履歴である。まず25W/25Wの熱負荷を加え,MLHPを起動させる。その後,25W/25Wから50W/0Wに変化させると,エバポレータ2の温度は下がり始めるが,蒸気管の温度を下回ると,温度は55℃程度で安定している。これは,エバポレータ1で発生した蒸気がエバポレータ2に流れているためであり,熱負荷量の変化に伴って,蒸気の流れが変化したためである。次に,熱負荷量を50W/0Wから0W/50Wに切り替えた。すると,エバポレータ内の作動流体の流れも受動的に切り替わり,エバポレータ2で順方向に,エバポレータ1で逆方向に流れ始めた。片側熱負荷時において,ループの動作温度を制御しているのは,熱負荷のない側のCCであり,熱負荷の切り替わりに応じて,CC2からCC1へ切り替わることが見て取れる。熱負荷を25W/25Wに戻した場合は,流れの方向が受動的に元に戻ることも確認された。このように,動作中に熱負荷量を大きく変化させた場合において,MLHPでは,内部の流れが受動的に切り替わり,安定して動作した。

図11 MLHPの熱流動スイッチ特性 [12]


 最後に,MLHPにTECモジュールを設置した場合の実験結果について報告する。図12にTECモジュール付きのMLHPの写真を示す。エバポレータとCC間は銅製のサーマルストラップで結合されている。本MLHPを用い,片側,または両方のCCの温度を303Kに制御し,エバポレータ1,エバポレータ2への熱負荷を100W/0W, 75W/25W, 50W/50W, 25W/75W, 0W/100Wと変えた場合の実験結果を図13に示す。片方のCCのみを制御した場合も,両方のCCを制御した場合も,動作温度は熱負荷にかかわらず303Kに制御できることが明らかとなった。

  (a) 全体図                    (b) エバポレータ,CC部
図12 TECモジュール付きMLHP [13]

図13 MLHPのCC制御時の特性 [14]

5.まとめ

 宇宙用熱輸送技術として期待されるループヒートパイプの原理と,高機能化を図るため,CC制御による温度制御,マルチエバポレータ/コンデンサ化による機能的LHPの研究について紹介した。近年は宇宙のみに限らず,民生応用も期待されていることから,本技術のさらなる高性能化,高機能化,ならびに民生に向けての低コスト化についても研究開発を進めたい。
 本研究に関してお世話になりました, NASA/GSFCのJentung Ku博士,宇宙航空研究開発機構の小川博之准教授,福吉芙由子様,東北大学の永井大樹准教授,研究室の西川原理仁君,奥谷翔君(OB)に謝意を表します。

参考文献

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