1. はじめに
今回,熱工学部門ニュースレターにヒートパイプBACHに関する記事執筆の機会を頂いた.ここ数年筆者は,後述のBACHと呼ばれる(と勝手に呼ぶ?)新型ヒートパイプの基礎研究と,主に浅層地中熱源利用を想定した実証試験を行ってきた.それら研究開発の概要を,偶然ではあるが,今年の日本伝熱学会誌「伝熱」の10月号に記事としてまとめる機会を得た[1].そこで,本ニュースレターでは,一部記事内容の重複をお許し頂き,特にBACHの熱輸送特性に焦点をあてた内容を紹介する.主な内容は,日本機械学会北陸信越支部の講演会[2]等で発表したものである.
1-1. 新型ヒートパイプBACHの概要と経緯[1]
ヒートパイプは,無動力で高温部から低温部へ効率よく(見かけの熱伝導率が非常に大きく)熱輸送するデバイスである.現在,CPU冷却等で広く用いられるヒートパイプは,ウィック式あるいはサーモサイフォン式ヒートパイプと呼ばれるもので,高温部での作動液蒸発と低温部での凝縮により熱輸送を実現している(詳しくは,例えば「伝熱」2012年10月号の「古くて新しいヒートパイプ」特集号を参照).筆者は,2006年より防火水槽融雪システムに関する研究を始めたが,その際に初めてサーモサイフォン式ヒートパイプを購入し使用した.その簡易な構造と高い性能に感動した記憶がある.
その2006年とほぼ同時期の2007年に,福井県敦賀市にある(公財)若狭湾エネルギー研究センターが,一風変わったヒートパイプを発明・出願した(その後,特許として確定)[3].図1および図2にその基本的な概念図を示す.図1はボトムヒート(下部吸熱・上部放熱)状態を,図2はトップヒート(上部吸熱・下部放熱)状態の作動の様子を示している.基本的なボトムヒート状態(図1)では,まずループ状の密閉配管内を真空にした後に作動液を比較的高い封入率で充填する.吸熱部(=高温部)に設置した「気泡生成部」から,作動液中に蒸気泡が連続的に生成され,その泡の浮力により液循環が誘起され,潜熱輸送+顕熱輸送により熱輸送を実現する.「気泡生成部」で生成された蒸気泡は,放熱部(=低温部)で凝縮し,下降管に流入することはない.
筆者は2007年以降,若狭湾エネルギー研究センターや県内中小企業と共に,この新しいヒートパイプの共同研究・開発を行い,関連特許を出願してきた[例えば4].また,2007年当時の若狭湾エネルギー研究センターの新宮所長と相談し,このヒートパイプを「気泡駆動型循環式ヒートパイプ(Bubble-Actuated Circulating Heat pipe) 略称:BACH」とネーミングした.このBACHについて,大変有り難いことに,前述の伝熱「古くて新しいヒートパイプ」特集号に大串先生に取りあげて頂いた[5].また,図1に示したようなボトムヒート状態BACHの基本的な熱輸送特性や「気泡生成部」の基礎理論は,参考文献[6]を参照願いたい.
通常のウィック式あるいはサーモサイフォン式ヒートパイプでは,トップヒート(上部吸熱・下部放熱)では性能が激減してしまい,少なくとも全長が数mでは作動しない.後述のように地中熱源利用を考えると,数mオーダーで動作するヒートパイプが必要である.2007年のBACH発明当初から,上手く工夫すれば,図2に示す擬似的なトップヒート状態でもBACHは作動するのではないかと期待していた.つまり,BACHは気泡の浮力を用いるため,どうしても気泡が上昇する部分が必要である.そのため図2に示すように中間放熱部を設けて,泡ポンプ効果により液循環駆動力を得て,後はサイフォンの原理に従い,下部の放熱部までは液体のみが循環するようにした.その結果,トップヒート状態でBACHが作動することが確認され,その熱輸送特性把握や伝熱モデル構築を行った[7].現在,その汎用的な熱設計ツールの完成に向けて基礎研究を行っている.
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図1 ヒートパイプBACH(ボトムヒート) 図2 ヒートパイプBACH(トップヒート) |
1-2. 切替可能BACHと浅層地中熱源利用
図1と図2に示すように,トップヒートBACHとボトムヒートBACHは構成要素や形状が異なるため,別個に製作する必要があった.これが同一の装置でかつ簡易操作によりボトムヒートとトップヒートの切替が可能になれば,システムの小型化及び低コスト化につながる.2012年に著者らは,その切替可能BACHを考案した[4].その作動状態を図3に示す.(a)に示すトップヒート状態と(b)のボトムヒート状態は,2カ所の三方弁操作により切替可能になっている.実験室レベルでの実測結果では,作動液の入れ替え無しで,弁操作のみによりトップヒートとボトムヒートの切替は可能であり,その熱輸送性能はトップヒート状態の方がボトムヒート状態よりも1/2程度になることが分かった.
一方,浅層地中熱源利用を考えよう.地中約5m以深では年間を通じてその地中温度はほぼ一定であり,例えば福井市では約16℃である.よって温度場から考えれば原理的には,無動力で,夏季はトップヒートBACHにより地上から地中へ熱輸送(つまり冷房)し,冬季はボトムヒートBACHにより地中から地上へ熱輸送(つまり暖房)することが可能である.その際に,図3に示す切替可能BACHを用いれば,地上部に2つの弁があり,その弁操作によりボトムヒートとトップヒートが切替可能となり,無動力冷暖房の可能性もゼロとは言えないだろう.この技術開発として,平成23〜24年度のNEDO新エネルギーベンチャー技術革新事業「気泡駆動型循環式ヒートパイプによる無動力地中熱源活用技術の開発」(代表委託先:有限会社松本鉄工所)に筆者も参画し,切替可能BACHの熱輸送特性把握実験等を担当した.本ニュースレターでは,浅層地中熱源利用装置としてのトップ・ボトムヒート切替可能BACHの可能性確認と熱設計ツール作成を念頭に置き,実際に地中数mのBACHを埋設し,その熱輸送特性把握実験を行った結果[2]を説明する.
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(a) トップヒート状態 (b) ボトムヒート状態
図3 熱輸送方向切替可能ヒートパイプBACH[4] |
2. 実験装置及び方法
2-1. 実験装置
実験装置は福井県敦賀市金ヶ崎町に設置し,深度5mの地中温度は16℃程度である.実験装置を図4(a)(b)に示す.切替BACHは地中部,熱交換水槽内部,中間放熱部,フレキ管,気泡生成部,3方弁から構成されている.地中部は夏季に放熱部(cooled section),冬季に吸熱部(heated section),水槽内部は夏季に吸熱部,冬季に放熱部としての役割を果たす.中間放熱部(intermediate cooled section)は夏季に作動し,冬季は無作動である.地中部は20Aのステンレスパイプで構成されており,気泡生成部は地中深さ570mm,770mmの位置に2つ設けた.全長1650mm(2mBACH),3650mm(4mBACH),5650mm(6mBACH)の3タイプあり,埋設した鋼管杭の中に挿入し,杭内部に水を充填した.水槽内部も20Aのステンレスパイプから構成されており,気泡生成部は天井側に2つ設けられ,全長1000mmである.中間放熱部は50Aのステンレスパイプから構成されており,全長500mm,両端に無色透明なポリカーボネイト製の観察窓を設けることにより内部流動様相が観察可能になっている.上昇管は130mm〜330mmで調節可能になっている.中間放熱部を冷却させるノズルの噴射形状はラミナーとスプレー(平板状)の2タイプある.また,各部壁面,鋼管杭内部,水槽出入口内部に熱電対を取り付けた.
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(a) BACHのみ
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(b) 実験装置全体図
図4 実験装置 |
2-2. 実験方法
切替可能BACH内部を真空にした後,作動液(R134a)を中間放熱部観察窓中央まで封入する.トップヒートは上昇管長さ130mm,230mm,330mmの3パターン,中間放熱部冷却方法は,空冷・ラミナー(水)・スプレー(水)を2個利用の3パターン行う.ラミナーの流量0.55L/min,スプレーの流量は1個当たり0.02L/minである.ボトムヒートでは鋼管杭水位を420mm低下させる試験も行う.30秒毎にBACH吸熱部・放熱部・中間放熱部の壁面温度,地中水温,熱交換水槽出入口水温を測定し,データロガーに記録する.熱交換水槽に冷却/加熱水を0.5L/min〜2.9L/minで流し,BACH吸熱部と放熱部がある温度差で定常状態に至ってから次式(1)により各条件での吸熱量・放熱量Q[W]を測定する.なお,屋外試験のため日射・気温を考慮する補正を行う.測定に必要な全天日射量と気温のデータ(気象庁)はそれぞれ京都府舞鶴市,福井県敦賀市を用いた.
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(1) |
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:冷却/加熱水質量流量[kg/s],c:冷却/加熱水定圧比熱[J/kg・K],ΔT: 冷却/加熱水出入口水温差[K] |
3.実験結果及び考察
3-1. トップヒート
空冷状態において,吸熱部と中間放熱部の距離(上昇管長さΔL)の違いによる吸熱部吸熱量を図5に示す.吸熱部と放熱部の温度差ΔTw,hcは,吸熱部を気泡生成部壁面温度,放熱部は地中深さ670mmの2個の平均壁面温度を用いた.まず,最大で約300Wの吸熱量を有することが分かる.またΔTw,hcがある値に達すると吸熱量は低下する.その時の流動様相はΔTw,hcが大きくなるほど気泡発生は連続的・爆発的になる.それにもかかわらず吸熱量が低下する原因は,管径と二相流の圧力損失が関係していると考えられる.このことからΔTw,hcには適正範囲があることを示唆している.
地中埋設長さで比較すると 4m,6m,2mの順で吸熱量が大きいことから,4m付近で埋設長さの最適値が存在することを示唆している.これは地中に温度分布が存在するためBACH壁面温度も影響をうけることにより,気泡生成部以外の壁面からも発泡し,一部で作動液が逆流している箇所もあるためだと考えられる.ΔLが長くなると,吸熱量は低下する.理由として静圧が高くなり,吸熱部での過熱度が低下,その結果熱伝達率が低くなっているためであると考えられる.過去のBACH熱輸送モデル[2]を参考にするとΔLの最適値は130mmより小さい値であると思われる.
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図5 トップヒートBACHの熱輸送(吸熱)特性(中間放熱部は空冷)
(ΔT, ΔL, 地中熱交換長さの影響)
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ΔL=330mm(6mBACH)において中間放熱部冷却方法の違いによる吸熱部吸熱量を図6に示す.ΔTw,hc =7K以下ではラミナー,スプレー,空冷の順で吸熱量が大きい.これはノズルの形状差ではなく流量差であると考えられる.また,吸熱量はΔTw,hcだけでなく吸熱部と中間放熱部の温度差ΔTw,hiの影響も大きいと考えられる.
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図6 トップヒートBACHの熱輸送(吸熱)特性(ΔL=330mm)
(ΔT と中間放熱部冷却方法の影響)
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3-2. ボトムヒート
鋼管水位の違いによる熱輸送量を図7に示す.ΔTw,hcは,吸熱部は気泡生成部壁面温度,放熱部は4か所全ての平均壁面温度を用いた.図3に示したように,切替可能BACHのボトムヒート状態では,作動液の封入率が100%に近くなるため,当初,ボトムヒート状態では作動しない可能性も危惧していた.しかし図7に示すように,殆どの領域において熱輸送量が0Wより大きいことから両モードで作動可能であると判断でき,最大で約200Wの放熱量であることがわかる.水位低下後の方が熱輸送量は大きくなることから,水位低下は有効であるケースも存在する.この理由として,ある程度の鋼管杭水位低下は,熱輸送過程において無駄な放熱を抑えることが可能となるためだと考えられる.
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図7 ボトムヒートBACHの熱輸送特性
(ΔT, 地中熱交換長さ, 及び地中交換杭内水位の影響)
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4.おわりに
(1)製作したトップ・ボトムヒート切替可能BACHは,両モードで作動することを確認した.
(2)切替可能BACHのトップヒートの熱輸送特性に関して実験範囲内においては次のことがわかった.
・最大で約300Wの吸熱量(冷却能力)を有すること.
・ΔTw,hcには適正範囲が存在すること.
・地中熱交換長さ約4mが最適であること.
(3)切替可能BACHのボトムヒートの熱輸送特性に関しては,最大で約200Wの放熱量(加熱能力)を有し,地中熱交換杭内のある程度の水位低下は,熱輸送量増大に有効であることが分かった.
浅層地中熱源利用システム実現(=事業化)のためには,まだ課題が山積状態であり,その中には大学で行うべき基礎研究課題も多く含まれている.今後も地域の中小企業と連携し事業化の後押しをするお手伝いとともに,汎用的な知見取得とブレークスルーにつながる研究成果を挙げるよう継続的に研究開発を続けていきたい.
参考文献
1. |
永井, "ヒートパイプBACHによる浅層地中熱源利用の試み", 伝熱, Vol.52, No.221 (2013) 掲載予定. |
2. |
塚本ら, "トップ・ボトムヒート切替可能BACH の熱輸送特性", 日本機械学会北陸信越支部第50期総会・講演会講演論文集, 1108 (2013), pp.1-2. |
3. |
新宮・大谷, "ループ型ヒートパイプ", 特許第4771964号 (2011). |
4. |
鳥取・永井, "熱輸送方向を切り替え可能なヒートパイプ", 特願2011-075859. |
5. |
大串, "各種熱輸送デバイス", 伝熱, Vol.51, No.217 (2012), pp.39-46. |
6. |
Nagai, N., et al., "Advances and Opportunities in Bubble-Actuated Circulating Heat Pipe (BACH)", Frontiers in Heat Pipes, Vol.1, No.2 (2010), pp.1-7. |
7. |
Nagai, N., et al., "Development of Top-Heat Type of Bubble-Actuated Circulating Heat Pipe (BACH) and its Heat Transport Characteristics", Proc. 3rd International Forum on Heat Transfer, (2013), pp.1-3. |
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