書評:「連続体力学の話法─流体力学,材料力学の前に」 |
(清水昭比古(九州大学名誉教授),森北出版,2012年9月発行) |
吉田英生(京都大学)
本書は,日本機械学会誌に平成21(2009)年9月から平成23(2011)年5月まで21回にわたって連載された
『学力低下時代の教え方』をベースとして単行本として書き改められたものである.評者は,同連載を編修委員として2年近くお世話をさせていただいた思い出も重なり,
おおいなる感慨とともに本書をご紹介させていただく次第である.
物理法則は,物理現象を支配する数学(基礎方程式)によって記述され理解される.また物理法則にしたがって生じる物理現象を解析するために,
必要な数学手法が開発されてきた側面もある.このように,いまさら申すまでもなく物理と数学は不可分であり,とりわけ物理の基礎となる力学は数学と表裏一体である.
ゆえに,四力学と称して学問体系の基礎を構成する機械工学においては,大学や高専での数学教育こそが最重要な位置づけにある.
さらに四力学の中に分け入って考えると,流体力学と材料力学とは,質点ではないかたまり──連続体──を考える点で,基本的には兄弟姉妹の関係にある.
したがって本来なら両者を統合した視点から教育を行うことが理想である.とはいっても,それを具体化した連続体力学そのものは今さら強調するほどのことでもない.
“連続体力学”をタイトルに含む書は既に多数ある.
では,ここであえて書評に取り上げる本書の意義はなんなのだろうか?
それは,清水昭比古という著者が
・類い希なる数学力と物理力を基礎として
・架空ではなく現実の──顔と名前の見える──学生達を前にして
・教室および大学の中で理想の教育を求めて傷だらけになって格闘してきた
その貴重な成果がここにあるという意義に他ならない.
氏は,平成10年度から平成21年度まで九州大学工学部エネルギー科学科で機械系カリキュラムを念頭に,入学からその四力学に至るまでの根幹部分,
具体的には基礎物理数学演習,一般力学,連続体力学の講義を担当した.その中で,いわゆる“ゆとり教育”で学力が低下している学生の初期条件を前提とするなら,
それらの前段階の講義に細心の注意を払わなければ大量の落ちこぼれを生むとの危機感から,氏独自の教育を模索した.その際,氏が一貫して心がけたことは,
徹底してカリキュラムの前後左右を“つなぐ”ことであった.高校の理系教科内容は今どうなっているのか.並行して行われている別の科目との間で重複はないか,
欠けたることはないか.あとの四力学の講義が効率的に行われるためには,どこに力点を置くべきか…など.
氏は(単行本の方には記述はないが)連載初回の末尾で,その内容につき以下に引用するように謙遜して述べる.
上記基礎物理数学演習は,多くの基礎科目を履修するうえで正規の数学科目の成果を待っていられないので,それを補うために設定したものである.
たとえば,正規の数学では微分方程式を2年生後期に教えているが,言うまでもなく多くの科目でそれを使う.
その不備を補うための科目が,その,“つなぐ”ためのバッファの役目を果たすことになった.筆者のポジションをサッカーで言えば,センターハーフ(今,ボランチ?)に当たる.
本連載は,その過程で行ったさまざまな工夫を紹介する.現代機械工学の最前線の教え方を期待した向きには,「なんだ,それだけか」と思われること必定で,それは申し訳ない.
自身も,それらが瑣末な「コツの紹介」に堕することを恐れはするが,本来それらは,縷々述べた状況に照らして“徹底してつなぐ”ために考えたものである.
このようにいうと,最近の書店に多数並ぶ“(簡単に)わかる…”という類の書名の本を想起させるかもしれないが,本書はそうではない.
むしろ正反対で,本書は学習者に多大な忍耐を要求する.実際,(やはり単行本の方にはないが)連載第15回の末尾には以下の記述もある.
連載中,幾人かの読者から,「この内容で本当に低学年の学生に理解させられるのか」という疑念が寄せられた.
答えは,できる.但し条件がある.一つは,「わからせずにはおくものか」という気合.もう一つは,教える内容それ自体を婦人の髪を掻き上げるようにいとおしむ自身の思い入れである.
(中略)
落伍者は60〜70名のうち毎年数名であった.それは最初の“丸写し駆除段階”で出尽くして,あとは最後までついてきた.第二種認定法による単位取得者は,病欠による場合以外は無かった.
この尋常ならざる熱意と気迫──鬼気迫るものがある.
「教える内容それ自体を婦人の髪を掻き上げるようにいとおしむ自身の思い入れ」は,他書では見られないようなユニークで深い解説にもつながる.例えば,
流体力学における“ストークスの仮説”に関する記述などは,今井功著『流体力学:前編(裳華房1973)』でさえ十分には触れられていないところまで踏み込んだものであるし,
“ラグランジの未定係数法”における正規版と変則版などというまったくお初にお目にかかる解説もある.
評者には,連載中その趣旨は理解しつつも100%は共感できないことがひとつだけあった.それは『学力低下時代の教え方』という連載タイトルだった.
そのタイトルが単行本で『連続体力学の話法』と改められた.そう,“話法”なのだ.