はじめに
フッ素系化合物は、古くからフロンと呼ばれる冷媒として冷凍サイクルに用いられ、冷蔵用や冷凍用あるいは空調用などに使用する温度に応じた様々な種類のものが開発されてきた。
周知のように、塩素を含むフッ素化合物はオゾン層破壊問題により代替フロンが開発され、その代替フロンも近年の地球温暖化問題によって規制が始まり、さらなる新物質の開発が進められている。
エネルギー問題から見ても、ヒートポンプとしてエネルギー変換効率の高い暖房・給湯や産業用蒸気生成利用などの技術開発が進められており、さらには東日本大震災以降、地熱発電や廃熱発電でフッ素系化合物を作動流体としたオーガニックランキンサイクルが注目を集めている。
以上の技術開発をする上で、必要不可欠となる作動流体の熱物性は、新物質に対応するだけではなく、新しい利用範囲に応じたデータを提供する必要があり、従来冷凍サイクルの温度範囲をカバーしてきた
熱物性計測装置もヒートポンプやオーガニックランキンサイクルなどの比較的高い温度域でも対応できるように変化が求められてきている。
実験装置
上述した機器の設計・開発に必要となる熱物性値は、その物質の状態方程式により任意の温度や圧力等で計算できるようになっている。状態方程式は、複数の代表的な熱物性測定値を用いて開発される。
代表的な熱物性は、臨界点(臨界圧力、臨界温度、臨界密度)、飽和蒸気圧、飽和密度、PρT性質(Pressure-Density-Temperature relationship)、定圧比熱、気液平衡性質(混合物の場合)などが挙げられる。密度や比熱など、
測定は容易のように思われるかもしれないが、広い温度・圧力範囲においてデータを取得するには、実験装置は市販のものではなく、独自に開発したものを用いることになる。ここでは、著者が学生時代に開発した密度・定圧比熱測定装置について述べる。
図1に示したのは、試料容器を含む圧力容器の断面図および試料容器の写真である。図2は圧力容器を含む装置全体概略図である。本測定装置の特徴の一つとして、金属ベローズを試料容器に用いている。
金属ベローズは、容積が可変であるので、試料を一度充填すれば、容積の変換する範囲で密度を変えて計測することができる。このことは、一度の試料の充填で多数の状態点におけるデータを得ることができ、新冷媒のような開発当初は貴重な試料に対しても、
少量の試料で対応できる利点がある。さらには、金属ベローズ容器は、溶接により密閉されており、ピストン容器のようにO-リングなどは使用しておらず、より広い温度範囲で計測できる。なお、ベローズ容器内に挿入されている温度計とヒーターについても、
金属フェルールによるシールとしており、すべて金属であるため、温度の問題だけでなく、新フッ素系化合物に対してもシール材質の相性を気にする必要がほとんどない。試料を充填する際は、金属ベローズの内側を真空状態にした後、
試料ボンベから膨張して金属ベローズの内側に導く。金属ベローズの外側には、窒素ガスが充填されており、金属ベローズ内側にある試料の圧力と金属ベローズを介してバランスしている。窒素ガスは、配管で窒素ボンベや圧力計、圧力調節器に接続されており、
任意の圧力に設定および測定できる。試料の圧力は、金属ベローズの弾性力による差圧をあらかじめベローズの変位との関係を校正しておくため、窒素の圧力の測定値から差圧分を補正して求めることができる。窒素は、配管で室温部まで引き出されており、
圧力センサも常温下で使用することができる。このことは、高温下で測定に対して、特殊な圧力センサを用いることなく、常温下で使用できる高精度なセンサを用いることができる利点がある。窒素ガスは、高圧となるため金属ベローズ容器は、厚肉の圧力容器内に挿入し、
圧力容器ごとシリコンオイルの恒温槽内に設置されている。なお、金属ベローズ容器は、試料と窒素ガスの内外から圧力を受けるため、薄肉であっても問題ない。このことは、試料容器の熱容量を小さくできることにつながり、比熱の測定精度の向上に役立つ。
試料が流体であるため、容器を用いることは不可欠であり、試料と容器を測定系とするために測定で得られた熱容量の値から容器分の熱容量を差し引き、試料分の熱容量から試料の質量で除して試料の比熱の値を得る。
また、このとき金属ベローズによって容器は温度変化と共に定圧下で膨張するので、定圧比熱のデータを得ることができる。なお、定圧比熱の測定原理は、熱緩和法を採用している。
一般に比熱は、断熱法が採用されるが、高圧下測定では、加圧システムが不可欠であるため、熱損失を小さくは出来ても断熱とみなす構造とすると複雑になり、その分の熱容量の増加など、他の面で測定精度に影響が現れる。
そこで、熱損失をあえて考慮した解析法である熱緩和法を採用している。ただし、熱緩和法を採用するためには、出来るだけ熱損失を抑え、試料と容器からなる系が代表温度を取ることができる必要がある。圧力媒体として気体の窒素を用いたのは、
圧力媒体からの熱損失を抑えるためでもある。また、試料容器内に挿入している試料加熱用のヒーターと温度変化測定用の温度計のみで試料容器を支えており、熱の逃げる道を出来るだけ小さくし、熱損失を抑えている。この装置を用いることによって、
恒温槽で温度を設定し、窒素ガスで試料の圧力を設定し、安定したところで金属ベローズの容積を測定して、密度を決定する。なお、金属ベローズの容積は、ベローズの先端に取り付けたロッドにLVDTセンサを取り付け、ベローズの伸縮に伴いセンサが移動し、
圧力配管を介してロッドの外側にある変位検出器で変位を測定できるので、その変位に対する容積の関係をあらかじめ水を用いて校正している。ある温度・圧力において密度を決定したら、試料容器内のヒーターで試料を加熱し、
容器内の温度計で温度変化履歴を記録し、熱緩和法による解析で定圧比熱を決定する。一つの状態点で密度と定圧比熱を決定したら、圧力を変えて等温線に沿って同様に密度と定圧比熱を測定する。このとき、測定は液相の高圧側から開始し、
一定間隔で圧力を下げていき、飽和状態になるまで続ける。なお、定圧比熱は、精度の関係上、液体のみでおこなうが、密度は、液体のほか、気液2相域および気体まで測定可能である。ただし、金属ベローズの可動範囲の関係で、一度の充填で全領域はカバーできない。
しかし、試料を回収しながら、全領域にわたって測定することは可能である。その結果、この装置で測定できるのは、液体の定圧比熱、液体の密度、気体の密度、飽和蒸気圧であり、さらに得られた密度と圧力の等温線と飽和蒸気圧により、
飽和液体密度と飽和気体密度、飽和液体比熱を決定でき、蒸発潜熱も決定できる。これらのデータは、広い温度範囲でおこない、他の温度においても同じ圧力に設定して測定をおこなうことで、密度と定圧比熱の等圧線に沿ったデータとして整理できる。
また、温度と圧力をパラメータとした相関式を作成し、状態方程式の開発のための情報を提供する。
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Fig. 1 Schematic diagram and picture of sample vessel.
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Fig. 2 Schematic diagram of apparatus for measuring isobaric specific heat capacity and density.
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測定結果
カーエアコンで広く用いられている冷媒HFC-134aも地球温暖化係数が大きいため、これに替わる冷媒HFO-1234yfが開発された。ここでは、金属ベローズを用いた本装置によって測定した熱物性データを示す。
310K〜360Kの温度範囲において10K間隔、5MPaまでの圧力範囲で測定を行った[1-3]。
これらの測定データを基にHFO-1234yfの状態方程式が開発されており[4]、またデータベース集も出版されている[5]。
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Fig. 3 Density and isobaric specific heat capacity of liquid for HFO-1234yf.
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Fig. 4 Density of gas and saturated vapor pressure for HFO-1234yf.
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Fig. 5 Saturated liquid and gas density for HFO-1234yf.
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Fig. 6 Saturated specific heat capacity and latent heat of vaporization for HFO-1234yf.
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おわりに
今後は、カーエアコンだけでなく、様々な冷凍・空調機器で地球温暖化の影響が小さい冷媒への代替が進められ、各機器の動作温度範囲に対応する冷媒の探索が必要となると思われるので、
本測定装置を用いてそれらの冷媒の熱物性データを提供していきたいと思う。また、先に述べたように、冷媒だけでなく、高温利用のヒートポンプや、オーガニックランキンサイクルに用いる作動流体の探索も盛んになると思われるので、
比較的高温域に対応可能である本測定装置の活躍の場を期待したい。
参考文献
1. |
Katsuyuki Tanaka and Yukihiro Higashi, “Thermodynamic Properties of HFO-1234yf (2,3,3,3-Tetrafluoropropene)”, International Journal of Refrigeration, 33(5), (2010), pp.474-479. |
2. |
Katsuyuki Tanaka, Yukihiro Higashi, and Ryo Akasaka, “Measurements of the Isobaric Specific Heat Capacity and Density for HFO-1234yf in the Liquid State”, Journal of Chemical & Engineering Data, 55(2), (2010), pp.901-903. |
3. |
田中勝之, 東之弘, “HFO-1234yfの気相域におけるPρT性質”, 日本冷凍空調学会論文集, 28(1), (2011), pp.51-61. |
4. |
Ryo Akasaka, Katsuyuki Tanaka, and Yukihiro Higashi, “Thermodynamic Property Modeling for 2,3,3,3-Tetrafluoropropene (HFO-1234yf)”, International Journal of Refrigeration, 33(1), (2010), pp.52-60. |
5. |
赤坂亮, 粥川洋平, 田中勝之, 東之弘, JSRAE Thermodynamic Tables HFO-1234yf, 日本冷凍空調学会, (2010) . |
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