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数理計画法を用いたデータセンター空調における最適システムの検討

大藏 将史




大阪府立大学 助教
大学院工学研究科 機械系専攻
ohkura@me.osakafu-u.ac.jp

1. はじめに

 情報通信技術は今日の我々の生活に深く結びついており,エネルギーや水道,物流などと共にライフラインの一つである.特に近年はコミュニケーションの用途に限らず,スマートグリッドに代表されるエネルギーインフラとの融合,遠隔診療,ビッグデータの分析など,その適用分野は多岐にわたる.これらは高速情報通信網の急速な整備,発達に起因するものである.この発達に合わせて情報通信サービスの基盤であるデータセンターの需要も増加傾向にあり,我が国におけるデータセンター設備の建設投資額は2011年から2016年までに年2.6%の増加が予測されている[1].一方で,これらデータセンターにおけるエネルギー消費の増加の抑制は大きな課題である.
 データセンターの主要機器は,通信を処理し各種サービスを提供するサーバ,ネットワークスイッチ等のICT機器とそれらに電力を供給する配電設備である.またこれらの機器の安定動作のため,年間を通して温度,湿度を適切に調整した空気の供給が必要である.特に近年のデータセンターにおいてICT機器は高密度に設置されており,データセンター全体の消費電力に占める冷房の消費電力は約3割に達する[2].従って,空調設備の省エネルギー化はデータセンターの省エネルギー効果に対して大きな影響がある.
 筆者らはデータセンター空調に対し,特に空調設備の最適設計,運転指針を得ることを目的として研究を行っている.本稿では筆者らが提案する数理計画法を用いたデータセンター空調モデルを紹介し,特に外気を冷熱源として用いた場合の最適設備構成と省エネルギー効果について分析した結果を報告する.

2. データセンター空調と省エネルギー対策

 本研究で想定するデータセンター空調の概略図をFig.1に示す.データセンター空調は室内全体を対象とする空調と異なり,空調機器によって適切な温度,湿度に調整した空気はコールドアイルを経て直接ICT機器へ供給される.この給気はICT機器から発生する熱を得て高温となりホットアイルを経て排気される.ICT機器より発生する熱は顕熱のみであるが,ICT機器の安定動作のためには供給空気の温度だけでなく,湿度を適切な範囲に保つ必要がある.Fig.2はASHRAEによって規定されるデータセンター空調の給気条件の一部である[3].データセンターの運用クラスによって給気条件の許容範囲は変化するが,推奨条件として乾球温度18oCから27oC,相対湿度60%以下かつ露点温度5.5oCから15oCの範囲が設定されている.
 データセンター空調の省エネルギー対策として,寒冷地の外気を導入する外気冷房が注目を集めており,実際に導入,運用されている[4].しかしながら上述のようにICT機器への給気は温度,湿度が適切な範囲内にある必要があり,外気を直接導入できる期間は限られる.特に冬期においては外気の絶対湿度が低下するために加湿を行う必要がある.現在の主な加湿方式は蒸発冷却であるが,蒸発冷却は温度も低下するため,加湿のためには加温を必要とする場合がある.また,水資源の消費という観点からも,蒸発冷却に代わる加湿方式を検討する必要がある.
 このように,データセンター空調の冷熱源として外気を利用する場合,その他の冷熱源の設計 は外気状態の変動を考慮する必要がある.特に複数の冷熱源を用いる場合,冷熱源から供給される空気の混合比によって給気状態が変化するため,適切な給気条件を満たすように運転方針を決定する必要もある.この設計,運転指針の決定のために,筆者は数理計画法を用いて最適な空調機器の構成や運転時の空気の混合比を検討可能とするモデルを構築した.

Fig. 1 Schematic of air flow of data centre cooling.
Fig. 2 Classified air conditions for data centre cooling[3].

3.データセンター空調の数理計画モデル

 筆者らが提案するデータセンター空調の数理計画モデルは,空調機より供給される温度,湿度,風量を決定変数とし,エネルギー消費量,水消費量を目的関数とするモデルである.制約条件はコールドアイルの給気状態制約,ホットアイルの排気状態制約,各空調機器の物理制約および特性式による制約,エネルギー収支制約である.Fig.3は本モデルで想定する空気フローである.本研究では,複数の冷熱,温熱供給機器の使用を想定し,各機器から供給される空気の混合空気がコールドアイルを通してICT機器に給気される流路を想定する.その際,それぞれの機器から供給される空気の状態および風量はコールドアイルの給気条件を満たすように決定される.従ってFig.3に示される機器の内,実際に運転される機器は外気条件によって異なる.  各空調機器から供給される空気の混合空気の温度tSUPは,各空調機器から供給される空気の温度を用いて以下の式(1)で決定される.また,絶対湿度xSUPも同様に式(2)で決定される.

 ここで,mkおよびtk ,xkはそれぞれ,各空調機器から供給される空気の風量と温度,絶対湿度である.また,mSUPはコールドアイルから供給される空気の風量であり,各空調機器からの風量の和に等しい.iは外気条件が異なる時間単位を示し,本研究では月(i = 1, 2, … ,12)である. ホットアイルへ排気される空気の温度tHAはICT機器から排出される顕熱Qsを用いて式(3)で算出される.本モデルでは,ICT機器の部分負荷による顕熱発生量の変動は考慮していない.

 ここで,cAIRは空気の比熱である.また,ICT機器から排出される熱負荷は顕熱負荷のみであるため,ホットアイル空気の絶対湿度はコールドアイル空気の絶対湿度に等しい.排気の状態(温度)に対する制約条件はICT機器の動作温度条件より決定した.
 各空調機器は冷却や加湿により空気状態を変化させ,コールドアイルへと供給する.その際に電力や水を消費する.本報ではその一例として,Fig.3中の(2)で示される冷凍機による過冷却除湿・再加熱過程および(3)で示される予加熱・蒸発冷却過程について記述する.なお,(4)はデシカント空調機による除湿・加湿過程である.本研究ではデシカント除湿機の性能特性を実験により得,これを用いて性能特性式を導出し,除湿,加湿過程を設定している[5].

Fig. 3 Air flow of data centre air conditioning system [3].

 Fig.3の(2),(3)の過程はいずれも処理空気に外気を想定する.従って(2)の過冷却除湿・再加熱過程は外気の湿度がコールドアイル給気条件よりも高い場合に,(3)の予加熱・蒸発冷却過程は外気湿度が給気条件よりも低い場合に使用されると考えられる.
 過冷却除湿・再加熱過程における空気状態変化をFig.4中の(A)で示す.外気湿度がコールドアイル空気条件よりも高い場合,湿度条件を満足する露点まで外気を過冷却し,空気中の水蒸気を結露させることで除湿を行う.この過程におけるエネルギー消費量ECHは以下の式(4)で算出される.

 ここで,mCHは過冷却除湿・再加熱過程における処理風量である.冑SC,冑RHはそれぞれ過冷却と再加熱における空気の比エンタルピ差であり,式(5),式(6)より算出される.またCOPは冷凍機の成績係数である.

 hAMB,hSC,hCHはそれぞれ,外気状態,露点,本過程から供給される空気の比エンタルピを示す.
 Fig. 4中の(B)は予加熱・蒸発冷却過程における空気状態の変化である.冬期の外気は温度が低いため,当然ながら絶対湿度も低下する. また蒸発冷却過程は断熱過程であるため,空気状態は等エンタルピ線に沿って変化する.従って低湿度の外気において蒸発冷却を行い加湿効果を得るには, 蒸発冷却を行う前に空気を加熱する必要がある.予加熱蒸発冷却過程で消費されるエネルギー量EPHは,この過程の処理風量mPHを用いて式(7)で算出される. また,式(7)おける比エンタルピ差は式(5)と同様,外気と加熱された空気のエンタルピ差である.

 本過程の蒸発冷却によって消費される水の量MPHは予加熱空気と本過程から供給される空気の絶対湿度差凅PHと蒸発冷却器の効率ηECより,式(8)で決定される.

Fig. 4 Changing air condition. (A):Supercooling and Reheating process, (B):Preheating and Evaporative cooling process

4.最適空調機器構成・運転条件の検討

 本報では最適化計算結果の一例として,外気と過冷却除湿・再加熱過程もしくは予加熱・蒸発冷却過程,さらにデシカント空調機を組合せた際の省エネルギー効果について記述する.
 対象とするデータセンターには様々な形態があるが,本研究ではモジュール型データセンターを対象とした.これは,送風経路が短いために送風動力の影響を受けにくいこと,またモジュール単位での増設を可能とするために,空調設備をモジュール単位で設計・運用する必要があるためである.データセンター内に設置されるICT機器より発生する顕熱負荷は約50kWに設定した.コールドアイルの空気条件は上述のASHRAEの推奨空気条件とした.また,ホットアイルの空気温度は40oC以下となる制約条件を設定した.外気条件はパラメータとして与え,気象庁により提供される札幌,大阪,那覇の月平均値を用いた[6].
検討対象とするシステム構成として3つのCaseを想定した.Case1は外気,過冷却除湿後再加熱,予加熱蒸発冷却のいずれか一つのみを選択するものとした.従って,外気条件がコールドアイルの空気条件を満たす月においては外気のみが直接導入され,それ以外の月では過冷却除湿・再加熱過程もしくは予加熱・蒸発冷却過程のいずれかのみが導入される.Case2は,外気と過冷却除湿・再加熱過程,予加熱・蒸発冷却過程およびホットアイル空気の混合を可能とした場合である,Case3はCase2にさらにデシカント空調機によって調湿された空気を混合可能とした場合である.
 空調に要するエネルギー消費削減効果に与えるシステム構成の影響をFig.5に示す.なお,Fig.5では大阪のCase1における年間エネルギー消費量を1として正規化した値を示している.外気のみの導入,もしくは空調された空気のみを導入するCase1においては,那覇の年間エネルギー消費量は大阪よりも約16%低く,札幌では大阪とほぼ等しい結果となった.これはFig.6(A)や(B)に示すように,那覇の特に冬期において,外気がコールドアイル給気条件に近いためである.従って,那覇のように冬期が温暖な地域においては,外気の直接導入および空調機による外気処理が効果的であるといえる.

Fig. 5 The effect of system configuration on energy conservation of data centre air conditioning

 次に,外気と過冷却除湿・再加熱過程もしくは予加熱・蒸発冷却過程により空調された空気を混合可能としたCase2を比較すると,札幌や大阪においてCase1に比べ大きなエネルギー消費削減効果が得られた.一方で那覇のエネルギー消費削減効果は小さい.Fig.7はCase2において各冷 熱源から供給される最適な風量であり,(A)に札幌,(B)に大阪,(C)に那覇の計算結果を示す.先に述べたように,那覇においては外気条件がコールドアイル給気条件に近い期間が長い.従って複数の冷熱源の混合は起こるものの,Fig.7(C)に示すように冷熱源の大半が外気のみ,もしくは空調機からの供給空気のみで占められる月が多い.従ってCase1での想定に近い状態となり,Case1に比べて削減効果は小さくなる.Fig.7(A)で示す札幌では夏期の7月と8月は外気湿度が高いために外気の導入は適していないが,5月と6月および9月と10月の中間期においては外気とホットアイル還気の混合のみで給気可能である.また,外気の導入量は11月から3月にかけて減少した.冬期における外気温度の低下に対しては,ホットアイル還気との混合によってコールドアイルの温度要件を満たすことが可能と考えられる.しかしながら外気温度の低下に伴い外気の絶対湿度も低下し,コールドアイルの湿度条件を満たすことが困難であるために外気の割合を減少したと考えられる.また,外気導入による絶対湿度の減少分を満たすために,予加熱・蒸発冷却過程が導入されている.すなわち,札幌のような寒冷地において外気を導入するためには加湿が必須であることが本モデルからも示唆された.Fig.7(B)で示す大阪においてもほぼ札幌と同様の傾向を示したが,外気とホットアイル還気のみで空調可能となる月は4月と10月,11月の3か月にとどまった.一方で5月から9月においては過冷却除湿・再加熱が必須である.Fig. 5で示すように,大阪のCase2におけるエネルギー消費削減効果は札幌よりも小さいが,これは外気の利用可能期間が短いことが原因であると考えられる.

Fig. 6 Conditions of ambient air and recommended air of data centre[3],[6] (A): Temperature, (B): Humidity

Fig. 7 Supply air flow rate from each cooling source in Case2 (A): Sapporo, (B): Osaka, (C): Naha

Fig. 8 Supply air flow rate from each cooling source in Case3 (Naha)

 Case2にデシカント空調機を導入したCase3においては,いずれの都市においてもエネルギー消費削減効果が上昇した.デシカント空調機はハニカム回転式除湿機,顕熱交換機で構成される.除湿機は吸着材によって空気中の水蒸気を吸着し乾燥空気を得ることができ,また除湿機に高温の再生空気を通過させることで,除湿機に吸着した水分を脱着させ,湿潤空気を得ることが可能である.本モデルでは,この再生空気に最高で約40oCに達するホットアイルの空気を利用可能とした.Fig.8は那覇のCase3における供給空気風量の内訳である.Case2では除湿が必要となる5月から11月において過冷却・再加熱過程が使用されたが,Case3では5月,10月,11月がデシカント空調機に置き換えられた.しかしながらこれはデシカント除湿機において調湿を行っておらず,ホットアイル空気と外気を熱交換し,温度のみを調整していた.また札幌や大阪においてもデシカント空調による調湿はほとんど導入されなかった.これは,デシカント空調機内の除湿機を通過した空気の温度が上昇し,コールドアイル給気の温度条件を満たさなくなったためであると考えられる.従って,デシカント空調機の導入では低温度における駆動を検討する必要がある.



4.おわりに

  データセンター空調の数理計画モデルを構築し,異なる冷熱源からの最適な供給風量を算出することで,外気を利用したデータセンター空調の最適システム構成を検討した.那覇のように,冬期において外気状態がコールドアイル空気条件に近い気象条件では,外気のみを空調機で処理した場合でもエネルギー消費量は札幌や大阪に比べて小さい.一方で冬期において温度と絶対湿度が低下する札幌や大阪の気象条件では外気を直接使用できない期間が長い.しかしながら外気とホットアイル空気,過冷却・再加熱過程や予加熱・蒸発冷却過程との最適な組み合わせによりエネルギー消費削減効果が期待できる.また,デシカント空調機は駆動温度の低下が必要であると考えられるが,顕熱交換機の利用は有効であり,外気との間接的な熱交換に加え,外気湿度の変動に対する調湿用途での利用が期待できる.

参考文献

1. IDCジャパン株式会社,“国内データセンター建設市場予測を発表”,http://www.idcjapan.co.jp/Press/Current/20120621Apr.html
2. The Green Grid Whitepaper #2, “Guidelines for Energy-Efficient Datacenters”, http://www.thegreengrid.org/~/media/WhitePapers/Green_Grid_Guidelines_WP.pdf?lang=en
3. ASHRAE TC 9.9, “2011 Thermal Guidelines for Data Processing Environments - Expanded Data Center Classes and Usage Guidance”, pp.7-8, 2011
4. 石狩データセンター|さくらインターネット,http://ishikari.sakura.ad.jp/
5. 三原大典,大藏将史,横山良平,涌井徹也,“デシカント空調機を用いたデータセンター空調における最適設備構成の検討”,2012年度日本冷凍空調学会年次大会講演論文集 (2012),B135.
6. 気象庁,“気象統計情報”, http://www.jma.go.jp/jma/menu/report.html.