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マイクロチャネル内相変化伝熱による 凍結手術用微小冷却器の開発 |
岡島 淳之介 東北大学 助教 流体科学研究所 okajima@pixy.ifs.tohoku.ac.jp |
1. はじめに
凍結手術とは生体組織を冷却することにより組織内に氷晶を作り,細胞内外液の濃度変化や細胞膜の機械的な破壊を経て組織を壊死させることで病変部を取り除く手法である.凍結手術は,患部のみの局所的な治療を行うことができ,出血・炎症反応が少なく,術後の変性が少ないといった様々な利点がある[1] .現在,凍結手術用冷却装置であるクライオプローブは高圧ガスのJoule-Thomson効果により冷却されているもの[2]や液体窒素の沸騰伝熱を利用したもの[3] が主流で,その外径は3-8mm程度となっている.現在では凍結手術の適用部位の多様化や生体侵襲を少なくするためにクライオプローブのさらなる微小化が求められている[4]. 微小化,つまり細くすることにより冷却性能は低下する.なぜならば,流動抵抗が増加し冷媒の流量が低下するとともに,体積に対する表面積の割合が増加するからである.すなわち高熱伝達率を有する伝熱機構が必要となる.そこで,高い熱伝達が期待されているマイクロチャネル内相変化伝熱を利用した極細クライオプローブの開発と冷却機構の評価・解明を目的とし,これまでに極細クライオプローブによる生体組織の凍結現象の数値解析[5]や微小二重管内の沸騰伝熱実験[6]などの研究を行ってきた.本稿では冷却性能試験結果[7],冷媒の状態変化の数値解析[8] ,凍結手術模擬実験[9]について紹介する.
2. 極細クライオプローブ Figure 1(a)に極細クライオプローブの構造を,Fig. 1 (b)に実際の写真を示す.写真に示すように本研究で開発したクライオプローブは一般的な注射針と同じサイズである.極細クライオプローブはステンレス製の内管および外管により構成された二重管構造を有している.内管は内径0.07mm,外径0.15mm,外管は内径0.30mm,外径0.55mmとなっている.冷媒には代替フロンHFC-23(大気圧下の沸点,−82.1°C)を用いる.高圧液体状態の冷媒は内管を通り,内管出口における膨張過程を経て外管を冷却する.内管内部では狭い流路のため大きな摩擦圧力損失が生じ,冷媒の圧力を減少させる.そのため,外管に至る過程で二相流に変化する.
(a) Concept (b) Photograph Fig. 1 Concept and photograph of the ultrafine cryoprobe
3. 冷却性能試験 Figure 2(a)に実験装置の全体図,(b)に冷却部,すなわち極細クライオプローブ部の詳細図を示す.実験装置は冷媒である代替フロンHFC-23(大気圧下の沸点,−82.1°C)のボンベ,HFC-23ガスを液化する冷却管,極細クライオプローブ部,各種計測器により構成されている.極細クライオプローブはステンレス製の内管および外管により構成された二重管構造を有している.内管は内径0.07mm,外径0.15mm,外管は内径0.30mm,外径0.55mmとなっている.極細クライオプローブ表面には温度測定用のT型熱電対,直流電流を印加するための電極を取り付け,断熱材で覆っている.まず,装置内の空気を真空ポンプで排気し,低圧のHFC-23で充填する.バルブ1を閉じ,HFC-23を冷却管に通し液化する.その後,バルブ1を開くことによりクライオプローブの冷却を開始する.表面温度が安定したのち,クライオプローブに電流を印加し,一定熱流束下での温度を測定する.
(a) Overall (b) Cooling section Fig. 2 Experimental apparatus
Figure 3に熱流束100 kW/m2を与えた場合の極細クライオプローブ表面温度の時間変化を示す.冷却開始約40秒後に加熱を行った.冷却開始から15s程度で表面温度は一定になった.もっとも温度が低い部分で−50°Cを達成した.また加熱後の表面温度の上昇は2K程度であり,高い冷却能力を有していることがわかる.また,質量流量に注目するとわずかに低下している.熱伝達率は加熱前の測定温度を冷媒温度と仮定すると,25 kW/(m2K)と算出された. Fig. 3. Time variations of surface temperature and mass flow rate of ultrafine cryoprobe
4.冷媒の状態量変化の数値解析 Figure 4(a)に計算モデルを示す.計算の仮定として二相流は均質流であるとする.ここで外管は環状流路になっており,その直径は水力直径を用いる.支配方程式には式(1)および式(2)に示される質量およびエネルギー保存則を用いる.冷媒の二相状態の密度は式(3)により定義する. (1) (2) (3) ここでm は質量流量[kg/s],ρ は密度[kg/m3],u は速度[m/s],A は管断面積[m2],P は圧力[Pa],q は熱流束[W/m2],S は伝熱面積[m2],x はクオリティ[-],QX は熱交換量[W]を表す.また下添字L は液体状態,V は気体状態を表す.熱交換量は次式より計算する. (4) ここでh は熱伝達率[W/(m2·K)],r は管半径[m],ks は管の熱伝導率[W/(m·K)],ΔT は内外管の流体の温度差[K]を表す.二相流の粘性係数はMcAdamsの均質モデル[10]により計算し,圧力損失はLeeにより提案されたマイクロ/ミニチャネルにおける相変化流のための実験式[11]を用いた.また熱伝達率はLiにより提案された経験式を用いた[12].熱物性値および熱力学状態量はREFPROP ver8.0[13]を用いて計算した.計算は入口における冷媒の状態を圧力4.2 MPaの飽和状態とし,出口圧力を0.1MPaとした. Figure 4に外部熱流束が0 kW/m2,つまり断熱条件における計算結果を示す.またFig. 4 (a)には計算と同条件で行った実験結果との比較を示す.実験では極細クライオプローブを断熱材で挟んだ状態で外管表面温度を測定した.このとき断熱状態なので外管表面温度と冷媒温度は等しいと仮定した.Figure 4 (a)は数値計算が冷媒の温度変化の過程を定量的に予測できることを示している.実験との差異は外径0.55 mmのステンレス管を熱電対で測定した際の熱伝導誤差や接触状態に起因すると考えられる.またFig. 4 (b)の圧力変化の結果より,4.2 MPaの冷媒は内管の摩擦損失により0.4 MPaまで減圧され,環状流路に到達することがわかる.このため,外管内の圧力はほぼ0.4 MPaとなり,冷媒温度はその圧力に対応する飽和温度−54°Cとなる.またFig. 4 (c)にクオリティ変化を示す.内管での摩擦損失によりクオリティは最初増加するが,外管との熱交換によりクオリティは低下し,内管内でサブクール状態になることがわかる.外管内ではサブクール状態を経て,膨張により再び二相流になることがわかる. Fig. 4. Variation of each variables in ultrafine cryoprobe
5.模擬凍結手術実験 極細クライオプローブが実際の治療に使用できるかを確認するため,模擬凍結手術実験を行った.0.1wt%の寒天を37°Cに加熱したものを冷却対象とした.生体組織は水が主成分であるため,凍結・解凍現象を水で模擬することができるが,液体状態では自然対流が生じてしまうため,寒天によりゲル化し実験に使用した.寒天に極細クライオプローブを先端から30mm挿入した後,Fig. 2(a)内のバルブ1を開くことにより冷却を開始した. Figure 5に極細クライオプローブ周りに生じた凍結領域の各時間における写真を示す.またFig. 6に凍結領域の大きさの時間変化を示す.冷却開始120s後までは,凍結領域は球状に拡大している様子がFig. 5からわかる.Figure 6より先端から5mmの位置において凍結領域の半径は3mm程度まで拡大した後,一定値をとっていることがわかる.両図からわかるように冷却開始150s程度までは凍結領域は球状に拡大し,その後は半径を一定に保ったまま軸方向へ拡大している. Fig. 5. Snapshots of frozen region around ultrafine cryoprobe
Fig. 6. Time variation of radius of frozen region
Figure 7に凍結実験時における極細クライオプローブの表面温度および入口出口の冷媒温度の時間変化を示す.まず極細クライオプローブの入口および出口の冷媒温度が20°C程度に保たれていることがわかる.すなわちクライオプローブ部でのみ冷却が行われており,将来カテーテルと組合わせて体内で用いるのに都合がよい.また冷却開始100sまでは先端から5mmの位置において温度が–35°Cに達しており,小さな病変部に対して凍結手術を行うのに十分な冷却能力を有している.その後,凍結領域が軸方向へ拡大しているとき,クライオプローブ表面温度は–10°C付近で振動しており,内部の相変化現象の非定常性が顕著になっている.すなわち冷却初期においては相変化伝熱の高い冷却性能により急速な冷却が実現しているが,その後,クライオプローブ表面温度と熱流束の関係が内部の相変化状態に影響を及ぼし,その非定常性が温度データに表れることが明らかになった.
Fig. 7. Surface and refrigerant temperatures variations of ultrafine cryoprobe
4.まとめ マイクロチャネル内相変化伝熱を利用した極細クライオプローブを開発し,実験及び数値計算を通して冷却性能の評価や凍結手術への適応可能性について検討し,以下の知見を得た.
上記の結果を踏まえて,これまでに定常状態におけるクライオプローブの冷却性能の予測やそれを利用した設計は成功している[14].しかしながら極細クライオプローブにおいては表面温度とそのときの熱流束によって内部の伝熱過程が大きく変化することが示された.つまり,極細クライオプローブ内の伝熱過程と冷却対象内の伝熱過程が強くカップリングしており,今後は,実際の凍結手術時における内部の伝熱過程の過渡現象の解明が課題となる.
参考文献
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