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随伴解析を用いたマイクロ熱流動の最適設計・最適制御 |
森本 賢一 東京大学 助教 大学院工学系研究科 機械工学専攻 morimoto@mesl.t.u-tokyo.ac.jp |
鈴木 雄二 東京大学 教授 大学院工学系研究科 機械工学専攻 ysuzuki@mesl.t.u-tokyo.ac.jp |
1. はじめに
近年,省エネルギー・低環境負荷を実現する観点から熱流体システムの高効率化への期待が高まり,従来型熱交換器の高性能化・小型化に対する要請が一段と増している.また,半導体デバイスや医療機器,生化学分析装置,小型発電デバイス[1] など様々な工学デバイスへの応用を想定し,MEMS(微細加工技術)を用いたマイクロマシンが注目され,各種熱プロセスにおける時空間的な伝熱現象を制御するための熱管理技術の開発に対する期待が高まっている.本稿では,近年著者らのグループで取り組んできた,随伴解析を用いたマイクロ熱流動の最適設計・最適制御の試みとして,コンパクト熱交換器の形状最適設計[2-4] ならびに半導体パルスレーザーの非定常温度制御[6-8] への適用と,それぞれ明らかになった随伴解析の有用性について紹介する. Fig. 1 Schematic of the present shape optimization [3]: (a) 3D view, (b) Longitudinal plane.
2. コンパクト熱交換器の形状最適設計 従来用いられてきた伝熱促進技術は,1)フィンによる前縁効果(温度境界層の発達の阻害),2)渦促進体(流れ方向に軸を持つ渦運動の導入),3)表面粗さ(剥離・再付着による伝熱促進),4)伝熱面の変形/加工(2次流れの誘起),を利用した方法に大別される.一般に,上記 1)〜3) の場合,伝熱促進を得るのに要する圧力損失が極めて大きく,乱流域で用いられる場合のみ有効な手法である.一方,実際に用いられるマイクロガスタービンでは,許容圧力損失を考慮すると,熱交換器内の作動流体(高・低温空気)のレイノルズ数は 100〜500 程度と考えられる.著者らの提案した斜め波状壁熱交換器(図1)は,上記 4)の手法によるものであり,波状壁の傾き角・振幅を適切に選択することにより,例えば正方形断面直管ダクトからなる対向流型熱交換器を 50% 以上小型化できることを示した[2].また,平行平板系への適用に対する検討も行われ,実用的な新規コンパクト熱交換器の開発が進められている[5]. ここで,p,u1,θ は,それぞれ圧力,x方向流速,温度を表し,ΓI, ΓO はそれぞれ流路の入口・出口部,ΓM は全壁面を表す.また,式(1)の右辺第一項は入口・出口部での圧力差の面積積分を表し,圧力損失に相当する.一方,右辺第二項は全壁面上における総伝熱量を表し,それぞれ変形を加えない正方形断面直管ダクトにおける絶対値(P0, Q0)で除している.また,β は圧力損失に対する伝熱量の重みを表す.式(1)で表される評価関数を最大化することが本最適化の目標であり,連続の式,ナビエ・ストークス方程式,およびエネルギー方程式の随伴熱流動解析を用いた形状最適化手法を定式化した[3]. 以下に,層流域において極めて高い伝熱・圧力損失特性を有する斜め波状壁を用いた熱交換器モデル[1] に本最適化手法を適用した結果を示す.図2に j/f 因子および平均ヌセルト数Nuの変化の様子を示す.すべての場合にj/f 因子は初期値から増加し,本最適化が初期振幅によらず有効に機能している様子がわかる.図 3に,初期振幅A0/δ = 0.25における下壁面形状の変化の様子を示す.1回目から6回目までは波状壁の山の稜線を境にその右側面側で - y 方向への変形が大きく,左側面側で + y 方向への変形が大きい.この過程では,波状壁の振幅はほぼ初期状態のまま維持されながら,山の稜線が左壁側に移行する(Phase I).一方,7回目以降は + y 方向への変形が収まり,初期形状における山の領域において - y 方向への変形が大きく作用し,なだらかな斜面と急峻な新たな山構造が形成される(Phase II).本形状変化の結果,初期に最大のj/f 因子をとる初期振幅A0/δ = 0.25の場合に対しても,さらに4%増大できることがわかる.また,流路内には斜め波状壁と同様に上下に逆回転の渦構造対が形成されるが,本形状最適化により初期形状において存在する若干の剥離域は消滅する.このことから,j/f 因子を最適化する観点からは,2次流れの強度を維持しつつ剥離を完全に抑制する流路形状が適するものと言える. 3.半導体パルスレーザーの最適熱制御 本研究では,GaAs/AlGaAsレーザーを想定し,素子上面に配置した制御用薄膜ヒーターによりレーザー照射部の温度制御を行う[6, 7].実デバイスにおける活性層の厚さ (0.1 μm),およびレーザーパルスの時間幅 (1 μs) は,フォノンの時空間スケールに比べて十分大きいと考えられ,本研究では,固体層内の熱伝導はフーリエ型の拡散型熱伝導に支配されるものと仮定した.レーザー素子の発熱量w(x, t) は,実際のレーザー出力および投入電力から算出し,発熱はヒーターを模擬した活性層内中心部のみで生じるものと仮定した. ただし,制御熱入力q(t)は,上部境界 (x = 0 μm) における正のみの熱流束とする.本制御では,レーザー発光時間内 (t = 0 ~ τ) におけるレーザー照射部である活性層 (x = xA ~ xB) の温度変動が最小となるよう,すなわち上式で与えられる評価関数Jを最小化するよう熱入力qが時間関数として求められる.随伴温度変数を用いた制御入力の詳細な導出過程は既報[6, 7]を参照されたい. Fig. 4 Schematic of the modeled laser diode with a control heater added on the top surface of the multilayered structure [7]: (a) Schematic of an actual laser-diode model, (b) 3-layered model. Fig. 5 Computational results: (a) Spatio-temporal temperature distribution inside the diode model, (b) Temperature distribution due solely to the internal heat dissipation from the active region (without control), (c) Temperature distribution in the active region under the present control. なお,非フーリエ効果が顕在する場合にも修正熱伝導率[13]を用いることで同様の定式化を行うことができる.実モデルにおける解析結果を図5に示す.上部ヒーターからの制御入力を加えない場合,レーザー発光に伴う内部発熱により活性層内の温度は約5 K上昇する(図5b).一方,本制御を適用した場合,活性層内の温度変動は約0.28Kまで低減される(図5c).図5aには,本制御時における素子全体の時空間温度分布を示している.レーザー発光開始前に上部ヒーターから大きな熱入力分布が与えられ,パルス入力時間の全領域にわたって活性層内には内部発熱を打ち消す温度勾配変化を生むように上に凸な温度分布が形成されていることがわかる.本研究では,非定常温度変動を計測するため,レーザー各層のフーリエ数を実モデルと一致させ,計測可能な時間スケール(パルス時間 幅:4 s)まで拡大した3層モデル (図4b)を製作した. 図6に最適制御実験の結果を示す.本MEMSデバイスにおいて,制御用ヒーターはクラッド層上部に形成し,パルス発熱用ヒーターは活性層中心に配置した.上部クラッド層/活性層間に4個,活性層/下部基板間に1個の白金測温抵抗体を配置し,温度測定を行った(図6a).本最適制御実験では,目標温度をTtarget = (T0 + 20) Kとした.図6b下部に本3層構造モデルに対して算出した最適制御入力の分布を示す.実線および点線はそれぞれ制御熱入力,パルス熱入力を表している.大半の熱入力はレーザー発光前に与えられており,単位面積当たりの制御熱入力の最大値は活性層内発熱率の約5倍となっている.図6b上部には基板中心に配置した白金測温抵抗体による温度測定結果を示している.パルスレーザーの熱流束のみを入力した場合(非制御時),パルス時間内 (t = 0 ~ 4 s) に約5 Kの温度変動が生じる.一方,パルス入力に制御用ヒーターからの制御入力を加えた場合(制御時),パルス入力開始後の温度変化は大幅に緩和され,最大温度差が約1.9 Kまで抑制されていることがわかる.つまり,パルス入力開始後の最大温度差は,本制御実験において約60% 低減されたことがわかる. なお,本制御では加熱のみの制御入力としているため,繰り返し動作によりレーザー素子温度が上昇する.しかし,バルク基板内熱伝導の時間スケールはレーザーパルス幅に比べて十分大きいため,通常用いられる冷却システムを用いて除熱可能であり,発光時のレーザー素子の温度を目標値に保つことは容易と考えられる.現在,実験系の改良を進めている. また,本手法を面内温度分布を有する多次元熱伝導を考慮した最適温度制御手法に拡張し,面発光型のレーザーモデル(VCSEL)に対しても本制御が有効に機能することを確認している[8]. Fig. 6 Optimal-control experiment: (a) MEMS-based Pt resistance thermometer with the 4-wire configuration of embedded Ni-Cr heaters, (b) Temperature variation and applied heat flux in the present experiment with/without the control input. 4.まとめ 本稿では,随伴解析を用いた最適設計・最適制御理論の適用例として,層流コンパクト熱交換器の形状最適設計,および半導体パルスレーザーの高時間応答非定常温度分布制御について紹介した. 謝辞 本研究を遂行するにあたり,東京大学笠木伸英名誉教授,東京大学鹿園直毅教授に多くの貴重なご助言を賜った.また,元東京大学大学院生・伊藤悟氏,および東京大学大学院生・金民城氏,木下英典氏には多大なご協力を頂いた.本研究の一部は,日本学術振興会科研費若手B (No. 24760158) の支援を受けて行われた.記して謝意を表する. 参考文献
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