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LESデータに基づく熱連成解析によるピンフィン流路の伝熱性能評価

小田 豊




大阪大学 助教
大学院工学研究科 機械工学専攻
oda@mech.eng.osaka-u.ac.jp
1. はじめに

産業機器内の流れの多くは乱流状態にあるため,設計段階における性能予測や改良設計,トラブル事例の原因究明にあたっては,RANS(Reynolds Averaged Navier-Stokes Simulation)やLES(Large Eddy Simulation)を用いた速度場や温度場の数値解析が重要な役割を果たす.このうち,RANSはレイノルズ平均された輸送方程式を解析対象とし,式中に新たに生じるレイノルズ応力や乱流熱流束(またはそれら自身の輸送方程式)をモデル化して解くことで平均場や統計量を得る手法であり,計算負荷が低いことから今日まで工学設計の現場で広く利用されてきた(1).しかしながら,レイノルズ応力や乱流熱流束は,乱流中の全てのスケールの渦運動が平均場に与える統計的な乱流輸送効果を表すために,これを表現する普遍的な乱流モデルの構築は難しいとされる.これまでに,数多くの研究者の貢献によって予測性能の著しい向上が達成されてきたものの,あらゆる乱流場に適用可能なモデルは存在していない(2).

他方,LESは普遍的なモデルの構築が期待される格子スケール以下(Sub Grid Scale, SGS)の等方的な渦のみをモデル化の対象とし,格子スケール以上(Grid Scale, GS)の渦を直接計算するため,RANSによる高精度な予測が難しい剥離や旋回を伴う複雑乱流場の速度場,温度場の予測においても高い性能を発揮する.LESは乱流中の非定常な渦運動を時間発展的に解くため,RANSに比べて長時間の計算が必要となり,現時点での工学設計への適用事例は限定されている.しかし,先端産業機器のさらなる性能向上や安全性の追求には,高度な情報に基づいた精緻な設計が求められており,LESへの期待は大きい.これに加え,スーパーコンピュータの産業利用促進の流れも相まって,研究開発の現場におけるLESの活用は今後大きく進展し,近い将来には設計開発の現場にもLESが急速に普及すると考えられる.

とはいえ,スピードが要求される工学設計においては,例えば設計パラメータ(本稿ではピンフィン伝熱のビオ数に相当)の影響を検討するパラメトリック・スタディに際して,その都度LESを実行して解析を行うことは,現状においては非効率的である.また,LESで工学的に興味ある平均場の情報を得るためには現象の時間スケールに比べて十分に長い時間にわたって平均を取る必要があり,以下で紹介するピンフィン冷却の事例では,ピンフィン(固体)内部の熱伝導の時間スケールに比べて,LESで解くピンフィン外部の乱流熱伝達を支配する渦運動の時間スケールは非常に短く,両者が連成する熱連成場の解析には特別な工夫が必要となる.この問題は,乱流熱伝達の解析にRANSを適用することで回避することができるが,ピンフィン流路内の流れはピンフィン表面からの剥離や再付着を伴う複雑乱流場であるため,正確な温度場を予測する上での前提条件となる平均速度場の予測自体がRANSでは十分でない可能性が残る.

著者らはこれらの問題を解決する手段の一つとして,LESで得られる高精度な平均速度場と乱流統計量に基づいて,熱連成解析を行う手法を開発中である(3).本稿で紹介する初期の方法では,まず始めに流体部分を対象としたLESを行い,得られた乱流統計量から局所の乱流エネルギーとその散逸率を見積もり,渦粘性型乱流モデルである低Re数型k-εモデルの表式に基づいて渦粘性係数を算出する.次に,乱流プラントル数を一定と仮定することにより,局所の渦熱拡散係数を算出し,LESで得られた平均速度場の下で,RANSのエネルギー式を解くことで,熱連成場における温度場を予測する.本稿ではその応用例の一つとして,ジェットエンジン燃焼器のライナー冷却を想定したピンフィン流路の伝熱性能の予測事例を紹介する.

2. ジェットエンジン燃焼器のライナー冷却

ジェットエンジン燃焼器のライナー冷却に適用されるピンフィン冷却の性能向上は,高温部品の長寿命化,即ちライフサイクルコストの低減につながる.また,冷却空気流量の減少は燃焼室内に回す空気流量の増加につながるため,NOx排出低減の観点からも重要である.通常,ピン材料には熱伝導率が小さいニッケル基耐熱合金が使用されており,フィン効率の低下を防ぐために,ピン高さと直径の比は小さくなる傾向にある.このため,熱伝達への寄与はピン表面よりも基板面(エンドウォール)が大きく,冷却性能の向上には基板面の伝熱促進が重要となる.ピン基板面の伝熱促進にはピン間でのリブ付設(4)や傾斜ピンフィン(5)が有効であることが知られていたが,著者らは圧力損失を低減しつつ必要な伝熱性能を確保できるピンフィン流路形状として,傾斜ピンフィンと波状下壁面の組み合わせに着目して研究を進めてきた.これまでに,下壁面のみ(ピン表面は断熱条件)を対象としたナフタレン昇華法による実験とLES解析(6), (7), (8)によって,ピンフィン基板面上の熱伝達に限定した場合には,基板面の波状化がポンプ動力当たりの伝熱性能を促進することを実験的に示し,対応するLES解析が実験結果を良く再現することを示している.しかし,実機で重要となるピンフィン表面からの放熱を含めた総合的な伝熱性能を検討するためには,ピンフィン内の熱伝導を含めた熱連成解析が必要となる.この場合,先に述べたように,ピンフィン内熱伝導と外部熱流動の時間スケールが大きく異なることから,LESを用いた非定常の熱連成解析で時間平均の伝熱量やフィン効率を算出することは現実的ではない.他方で,RANSによる熱連成解析ではピンフィン流路内の複雑乱流場の予測精度が十分でない可能性がある.そこで本研究では,次節で紹介するLESデータに基づく熱連成解析手法をピンフィン流路の伝熱性能予測に適用した.

3.LESデータに基づく熱連成解析の概要

図1に熱連成解析の解析対象となる実験系(6)を示す.幅W = 35.6 mm,高さH = 18.7 mmの流路内に,直径d = 9 mmのピンフィンが幅方向と流れ方向のピン間隔がそれぞれP1 = 17.8 mm, P2 = 21.8 mmで配置されている.ピンフィンは流れ方向に? = 45°の傾斜角を持つ傾斜ピンフィンであり,底面形状は平面と波状面の2種類がある.なお,振幅が約1.3 mmの波状下壁面の凹凸位置はピン前縁部で傾斜ピンと滑らかに接続するように決められている.

図2に周期性を有する単位構造を抽出した熱連成解析の計算領域(波状底面)と底面およびピン部の計算格子を示す.計算領域は9個の構造格子ブロックからなり,流体部分に約38万点,ピン部に約20万点の格子点を用いた.今回の解析では,熱連成解析手法の構築と確認を主目的としたため,流体部分の各方向の格子解像度は従来(7)の約半分としている. 著者が提案する熱連成解析手法の手順は以下の通りである.

(i) LESで流体部の流れ場を解き,統計量として平均速度場,乱流エネルギー,エネルギー散逸率を次式から得る(9).(但し,式(2)の乱流エネルギーにはSGSの乱流エネルギーが含まれないため,SGS成分の寄与が大きくなる粗い格子の場合には注意が必要である.)

(ii) 壁面近傍における低レイノルズ数効果を考慮するため,Jones and Launder(10)の低Re型k-?モデルと同様の方法で渦粘性係数?tを算出し,乱流プラントル数一定(Prt = 0.9)を仮定して渦熱拡散係数?tを求める.

(iii) 流体部では上記の平均速度場と渦熱拡散係数を用いたRANSのエネルギー式を,固体部では熱伝導方程式を同時に解き進めることで熱連成解析を行う.

上記(i)のSGSモデルには稲垣ら(11)の混合時間スケールモデルを用いた.x方向とy方向に周期条件を適用し,実験での計測値に合わせて一定圧力勾配(dp/dx = 100 Pa/m.Red = Umd/v ? 1000に相当し,Umは流路断面平均流速.)を与えた.(iii)の温度場には,バルク温度(入口はTb = 300 Kで固定)と下壁面温度の差に基づく無次元温度に対して周期条件をx方向に適用し,下壁面とピン基部は等温条件(Tw = 330 K),上壁面は断熱条件とした.また,ピン部と流体部の境界では調和平均熱伝導率を用いる方法により,熱連成を実現した.なお,本熱連成解析では,ピン温度の流れ方向変化を無視する仮定を導入し,解析領域の四隅に位置するピン表面の温度は,対応する中央ピンの表面温度を与えた.また,ビオ数がピンフィンの伝熱性能に与える影響を考察するため,熱連成解析の結果として得られるピン表面の平均熱伝達率に基づくビオ数(Bi = Nupin??f/?s)のオーダーが,実機条件に相当するBi ~ 10?1,および一桁小さいBi ~ 10?2となるように,固体部の熱伝導率?sをそれぞれ0.5 W/m?K,16.1 W/m?Kとした2通りの解析を行った.(ここで,本解析のレイノルズ数が実機条件よりも一桁低いため,前者の条件ではビオ数を実機条件に合わせる目的で熱伝導率を小さくしていることに注意.)また,流体・固体部ともに拡散項には完全陰解法を適用し,定常解への収束を加速するために固体部の時間刻みは流体部の100倍, 1000倍にあたる1 ms, 10 msとした.なお,下壁面とピン表面のヌセルト数は以下の式で定義した.

4.結果と考察

図3に底面が平面と波状面の場合について熱連成解析で得たNu分布を示す.また,平面と波状面の結果について,底面とピン部,全伝熱面における平均Nuをそれぞれ表1,表2に示す.なお,表中のAreaは各部の伝熱面積を示している.ここで,平均Nuは各部の単位表面積当たりの値として算出されており,平均Nuに伝熱面積を乗じた値が実際の伝熱量に比例する量となる.表より,従来のLES(7)と同様,底面の伝熱促進に関しては底面の波状化が有効であることが分かる.これは,底面を波状化することにより,傾斜ピンフィン背面の根本部からピン背面に沿って上方に向かう流れが誘起されることで,ピン背後の死水域が減少することにより平底面で見られた低Nu領域が減少すること,ならびに,波状面の頂上部からの剥離・再付着流れによる底面上の伝熱促進効果のためである.この波状面におけるピン背後の死水域の減少は,ピンフィン流路の流動抵抗の大部分を占める圧力抗力の低減に効果があり,波状化に伴う伝熱面積の増加によって加わる摩擦抵抗や剥離に伴う圧力抗力の増加分を相殺し,Re = 1000の条件では平底面とほぼ同等の圧力損失を実現している.なお,実験ではRe = 3000, 5000, 10000において波状底面の圧力損失が平底面のそれを下回るという興味深い結果を得ている.一方,ピン表面では,底面形状が平面の場合の方がより高い伝熱性能を示すことが分かる.まずBi ~ 10?2に着目すると,図3(a), (b)より,平面ではピン背面の中央から上部にかけて高いNuを示しており,傾斜ピン背後に生じる複雑な後流が伝熱を促進していることが分かる一方,波状底面ではピン背面の根本付近で高いNuを示している.図4に示すピン表面の温度分布から分かる通り,Bi ~ 10?2の条件ではフィン効率が比較的高いためにピン表面の伝熱寄与が大きく,また表面積も底面の2倍程度であることから,ピンフィン流路全体の伝熱量は平底面と波状底面で同程度になる.次に,実機条件に近いBi ~ 10?1をみると,図3(c), (d)および図4より,フィン効率が低下することからフィン表面からの伝熱寄与は根本付近に限られることが分かる.これにより平底面のピン表面における優位性が低下する結果,全伝熱量としては底面の伝熱促進に有効な波状底面のピンフィンが有利となる結果が得られた.

4.まとめ

LESデータに基づいた複雑乱流場の熱連成解析手法を提案し,この手法により傾斜ピンフィン流路の底面波状化による伝熱促進効果を検討した.その結果,実機条件では波状底面が平面に比べて高い伝熱性能を示すことが分かった.本稿で紹介した初期の方法では,渦粘性型モデルをベースとし,乱流プラントル数一定を仮定して熱連成解析を進める手法を取っているが,LESではレイノルズ応力テンソルの全成分が取得できることから,乱流熱流束のモデル化に際しては,一般化勾配拡散仮定(Generalized Gradient Diffusion Hypothesis, GGDH)(12)やHOGGDH (Higer Order GGDH) (13), (14)を用いることも可能であり,今後それらの効果を検討する予定である.また,本手法は今後ますます産業界での普及が期待されるLESを用いた数値解析のポスト処理の一種として位置づけることができ,LESの効果的な利用法として検討の価値があると思われる.

謝 辞

本研究はNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の研究助成を受けて,武石賢一郎教授(大阪大学),三宅慶明氏(三菱重工業),森合秀樹氏(三菱重工業)と協力して行ったものです.ここに記して謝意を表します.

参考文献

1. 須賀一彦, 日本流体力学会数値流体力学部門Web会誌, 第11巻, 第2号, (2003), pp.73-80.
2. 笠木伸英[総編], 乱流工学ハンドブック, 初版 (2009), 朝倉書店.
3. Oda, Y., Takeishi, K. and Miyake, Y., Computational Thermal Sciences, (to appear).
4. Oda, Y., Takeishi, K., Motoda, Y., Sugimoto, S. and Miyake, Y., J. of Thermal Science and Technology, 4 (2009), pp. 507-517.
5. 松本亮介, 吉川進三, 千田衛, 鈴木聖教, 機論B編, 66 (2000), pp. 2426-2434.
6. Moriai, H., Miyake, Y., Takeishi, K., Oda, Y. and Motoda, Y., Proc. of ISROMAC-13, Hawaii, (2010), ISROMAC13-TS70.
7. Oda, Y., Takeishi, K., Miyake, Y., Moriai, H. and Motoda, Y., Proc. of IHTC-14, Washington D.C., (2010), IHTC14-23191.
8. Takeishi, K., Oda, Y., Miyake, Y. and Motoda, Y., Proc. of ASME Turbo EXPO 2012, Copenhagen, (2012), GT2012-69625.
9. 堀内潔, 生産研究, 40-1 (1988), pp. 51-54.
10. Jones, W.P. and Launder, B.E., Int. J. Heat Mass Trans., 15 (1972), pp. 301-314.
11. 稲垣昌英, 近藤継男, 長野靖尚, 機論B編, 68 (2002), pp. 2572-2579.
12. Daly, B.J. and Harlow, F.H., Phys. Fluids, 13 (1970), pp. 2634-2649.
13. Abe, K. and Suga, K., Int. J. Heat Fluid Flow, 22 (2001), pp.19-29.
14. Suga, K. and Abe, K., Int. J. Heat Fluid Flow, 21 (2000), pp.37-48.