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宇宙構造物用二相流体ループ式排熱システムの開発 −国際宇宙ステーションでの実験に向けて− |
浅野 等 神戸大学 准教授 大学院工学研究科 機械工学専攻 asano@mech.kobe-u.ac.jp |
1. はじめに
宇宙構造物の大型化やプラットフォームでの排熱量の増大に伴い,排熱システムに対して熱輸送量の増大と発熱部から放熱部までの熱輸送距離の長大化の要求が高まっている.現在の国際宇宙ステーション(以下,ISS [International Space Station] とする)では,冷却材として使用温度に応じて水およびアンモニアの単相流体ループが利用されているが,前述の高能力化の要求に対応するには冷却材の循環量の増大,使用量の増大が必要であり,循環ポンプの動力増大とシステム重量の増大が避けられない.そこで,作動流体の沸騰冷却を利用した二相流体ループ式排熱システムが必要とされている.二相流体ループの基本構成をFig. 1 に示す.作動流体を循環するメカニカルポンプ,発熱体を冷却するコールドプレート(蒸発器),ラジエータ(凝縮器),ループ内の冷却材量を操作することで圧力を制御するアキュムレータで構成される.このシステムの特長として,@ 沸騰伝熱による高い熱伝達,A 潜熱輸送による単位質量当たりの熱輸送量増大,B コールドプレートおよびラジエータでの冷却材温度が飽和温度で一定であること,が挙げられる.この特長によって,システムの設計・運用上,以下の利点が得られる.
しかし,沸騰伝熱では高い熱伝達率が得られる反面,ドライアウトや膜沸騰への遷移が起これば急激に熱伝達率が劣化し,冷却能力が消失してしまうので,排熱条件(熱量,熱流束)に対してドライアウトや膜沸騰遷移が起こらないよう流量を確保する必要がある.宇宙構造物では,微重力環境下での運用となるため,気液二相流の流動特性は重力の影響を強く受ける.浮力の消失によって,重力による伝熱面からの気泡離脱は期待できない.そのため,システム設計のためには,気液二相流における界面構造に及ぼす重力の影響を明らかにし,熱伝達特性,圧力損失特性を得る必要がある. 2. 微小重力場での気液二相流 わかりやすい例として,水平管での気液二相流の流動様式をFig. 2に示す.著者らによる内径10 mm の円管内水-空気二相流の航空機の放物線飛行を利用した微小重力環境での実験結果 [1,2] である.図中,jG, jL は気液各相の容積流束を示す.いずれの流動条件においても,微小重力場では気相が管中央を流れるようになる.図(i) の条件では,微小重力においても管壁の影響を受け,気泡先端と後端の形状が異なり,気泡後部での液膜に波が観察されている.図(ii)の条件では,微小重力場では地上場より界面が滑らかになる傾向があり,スラグ気泡の液膜内に液膜厚さ程度の気泡が併流している様子が観察できる.図(iv)の条件では,いずれも環状流であるが,液膜厚さが異なっている.
次に,流動様式線図に対する重力の影響をFig. 3 に示す.これらは,筆者らによる内径4mmの円管内一成分系気液二相流に対する実験結果である[3, 4].作動流体にはFC72を用いた.地上場での垂直上昇流と比較すると,環状流へ遷移する気相容積流束jGが微小重力場ではより低くなることがわかる.低jGでの環状流では,液膜が厚くなるが,沸騰流の場合,伝熱形態が強制対流蒸発とはならず,核沸騰伝熱になるとも考えられる.その場合,Fig. 2(ii) で観察されたように液膜内に気泡が形成されるようになり,この気泡が排除されなければドライアウトに至る危険性も生じる.通常重力場と異なる流動様式となる流動条件を明らかにすることが重要と考えている.また,地上場での流動様式線図上の実線は,慣性力と重力の比を表す無次元数であるFroude数一定の条件であり,Fr > 5 の条件では,流動様式は重力にかかわらず環状流となることを示している.この条件では,慣性力支配となり,流動特性への重力の影響は小さいと考えられる.なお,Froude数は均質流モデルに基づく平均流速Um(=G/ρm , G:質量速度) に対し次式で定義した. ここで,ρG, ρL は気液各相の,ρmは二相平均の密度,gは重力加速度,Dは管内径である. 一方,沸騰熱伝達について,Ohta [5]は,内径 8 mm の透明伝熱管を用いた,垂直上昇流強制対流沸騰熱伝達の航空機実験の結果を報告している.実験結果の一例をFig. 4に示す.横軸は時間であり,放物線飛行による重力の変化があわせて示されている.サブクール沸騰の場合(Fig.(a))には,放物線飛行時にも熱伝達率が変化せず,重力の影響は見られないが,質量速度 G = 150 kg/(m2・s) ,入口乾き度 xin =0.28 の環状流の場合(Fig.(b))には,重力の影響が大きく,微小重力では熱伝達率の劣化が確認される.これは,環状流液膜内の擾乱の変化や液膜厚さの変化の影響によるとされており,その他の条件では重力の影響は確認されなかったとしている. 気液二相流に作用する力として,重力,慣性力,表面張力を考えると,対象とする流動場においていずれの力が支配的か,力の比である無次元数を用いた整理が試みられている.無次元数は,前出の慣性力と重力の比を表すFroude数,重力と表面張力の比を表すBond数,慣性力と表面張力の比を表すWeber数であり,Bond 数,Weber数 はそれぞれ次式で定義される. ここで,σは表面張力である. Babaら[6]は内径0.13 mm, 0.51 mm の円管内強制流動沸騰実験において流路姿勢を変化させ,重力の影響を評価結果から,Fig. 5 に示す力の支配領域の線図を提案している.
3.ISS実験の概要 沸騰熱伝達および気液二相流の流動挙動に及ぼす重力の影響の解明を主たる目的とした二相流体ループ実験が,国際宇宙ステーション・日本実験モジュール(Japanese Experimental Module)「きぼう」船内実験室の第2期利用テーマとして選定され,2014年の実施に向けて準備に取り組んでいる.ここでは,そのプロジェクトの概要を紹介する[7]. このプロジェクトは,研究代表者 九州大学 大田 治彦 教授によって提案されたものであり,共同研究者として山口東京理科大 鈴木 康一,兵庫県立大学 河南 治,九州大学 新本 康久,IHI 今井 良二,JAXA 川崎 春夫,そして筆者が,コーディネータとしてJAXA 藤井 清澄が参加している(敬称略).実験装置の構成を決定し,構成要素の個別試験を終え,現在,ISS実験と同じ仕様の実験モデルを製作中である. 実験装置の概略系統をFig. 6 に示す.実験装置の詳細はFujiiら[7]による報告を参照いただきたい.実験装置は「きぼう」内に設置された多目的ラック(MSPR : Multi Purpose Payload Rack)に収納される.収納スペースは,およそ高さ:600 mm×幅:900 mm×奥行:660 mmであり,この中に実験で必要となる電源機器,計測機器を含めて収納する必要がある.さらに,実験で使用できる電力に制限があり,流体加熱に使用できる最大電力量が400Wであったことから,作動流体として潜熱が小さいFC72を選定した.FC72の主要な物性値を Table 1 に示す.沸点は55.7℃であり, ISSの循環冷却水(16〜23℃)で排熱することからも大気圧での運用が可能である.潜熱は大気圧下で95.7 kJ/kg であり,水(100℃)の4.2 % である.表面張力は水(100℃)の13 %と低いため試験部の管内径を小さくしても表面張力支配の流れとならないことが期待できる.そこで,気液二相流に及ぼす力の支配領域に関する事前評価結果,使用可能電力量を総合的に考慮し,管内径を4 mm とした.大気圧で運用する場合のボンド数 はBo=30.5 であり,低乾き度においても表面張力支配とならず重力の影響を評価できるといえる. ポンプにはマグネットカップリング式ギアポンプ,流量計にはタービン式流量計を使用し,広い流量範囲に対応するため,また冗長性を確保するため2系統並列に設置されている.低流量実験では,加熱量の変化による二相流部の圧力損失の変化が全圧力損失に対し大きくなり,流量が変動する恐れがある.加熱量が一定の場合,流量変動は乾き度の変化につながり,圧力損失がさらに変化し,流動が不安定になる.そこで,流動安定化のため,液単相流部での圧力損失を大きくする事を目的として,低流量用流量計の下流にオリフィスを設置する.作動流体は予熱器を経てサブクール度もしくは乾き度が調節された後,加熱管試験部に供給される.加熱部は,沸騰流を観察できる透明伝熱管,限界熱流束実験が可能な銅製伝熱管が準備され,バルブ切替によって試験部が選択される.透明伝熱管(加熱長さ:約50 mm×3)ではガラス管内面にメッキされた金薄膜への直接通電で,銅管(加熱長さ:約400 mm)では管外壁に設置されたシースヒーターによって作動流体は加熱される.それぞれの試験部下流には流動挙動の可視化・計測のため同じ流路形状の透明ポリカーボネート樹脂製試験部が接続され,高速度ビデオカメラ(1000 fps)で内部流動挙動が撮影される.観察部では気液界面の3次元構造を記録するため,金属ミラーを用いて1台のカメラで2方向から撮影することとした.試験部からの蒸気-液二相流は凝縮器で冷却水との熱交換によって凝縮し,ポンプへと戻る.凝縮器はプレートフィン型のコールドプレート上に□12 mm の銅製角柱の中心に6 mmの円形流路を加工した伝熱管を配置し,製作した.アキュムレータは,金属容器内部にベローズを有する構造である.実験装置打ち上げ時にはベローズ背圧を加圧することで,ベローズを縮め試験部内を液で満たし,ループ内が負圧とならないようにし,実験装置設置後に背圧を開放し,機内圧力(ほぼ大気圧)として運用する.実験装置は,パソコンからLabViewで制御され,リモートで計測される. 実験での課題は,二相流体ループ式排熱システムを設計するための熱流動に関する基本データの取得であるが,気液二相流の熱流動現象に対し,重力の影響が顕れる流動条件を明確にすることが大きな課題である.すなわち,Fig. 5で示した気液二相流に作用する力の相関について無次元数の定義を含めてその境界を明確化することを目的とする.特に,重力の影響を受けやすいと想定される低質量流速条件については,航空機実験の短時間の微小重力環境では実験計測が不十分であったことから,低質量流速条件を重要視している.そこで,実験条件として質量速度を30〜600 kg/(m2・s)とした.主な評価項目は以下の通りである.実験実施は,2014年度を予定している.
4.まとめ 宇宙構造物用次世代排熱システムとして必要とされる二相流体ループ式排熱システムを示すとともに,システム実現の鍵となる気液二相流の熱流動現象に及ぼす重力の影響の解明を目的とした国際宇宙ステーションでの実験の概要を示した.今後,通常重力場での対照データ取得のための予備実験,問題点抽出,計測精度の評価,フライトモデル製作など,ISS実験実施に向けての課題は多いが,実験実現とその成果を期待していただきたいと思う.なお,このプロジェクトは本文中に記した研究者チームとJAXA ISS科学プロジェクト室,有人宇宙システム(JAMSS),IHIエアロスペース,日本宇宙フォーラム(JSF)の共同/支援によって実施されているものである. 参考文献
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