NY世界貿易センタービル事件におけるロボティクスの貢献
田所 諭(神戸大学)

 9月11日に発生したニューヨークでのテロ事件は,2,841名(2000年2月12日現在の推定)の犠牲者を出し,DNA鑑定をもってしてもいまだに197名の行方不明者を出し,被害額は今後2年間で1,050億ドルに上ると推定されている.また,飛行機の衝突直後にビルの中に入り,消火や避難誘導活動を行った約480名のNY消防隊員のうち,実に343名(72%)が命を落としている.

 このような災害において,ロボットや関連するメカトロ機器,情報機器は対応活動の大きな手助けとなるにちがいない.それらハイテク機器は,人間では困難な仕事を可能にすると同時に,救助活動に携わる人々の安全を確保することに役立つであろう.その結果としてより多くの人命を救うことに貢献することが期待される.

 世界貿易センター(WTC)事件にはNGOであるCRASAR (Center for Robot Assisted Search and Rescue) [1] が事件発生6時間後からロボットを投入して人体の捜索活動を行った.そのメンバーは,John Blitchを隊長として,Foster Miller (Amie Mangolds), iRobot (Tom Frost), USF (Robin Murphy), SPAWAR (Bart Everett), DoD, SAIC, Picitinny Arsenalのチームであり,総勢25名がこの活動に参加している.投入されたロボットは,Inuktun microTrac, microVGTV, pipe crawler, FM Solem, Talon, iRobot PackBot, SPAWAR UrBotなど17台であり,そのうち7台が10カ所のがれき内6m〜13mの深さの捜索に使われた.その成果は,次のようなものであった.
 1) 約10名の遺体を発見.
 2) 事前情報を収集することによって捜索救助を行う作業者の安全を確保.
 3) 効率的な活動計画を立てることに貢献.
10名という数値は十分な成果ではないように見えるが,WTCのがれき内部はジェット燃料の火災によって激しく燃えており,倒壊後の救出者が総計で十数名であったことを考えれば,状況が変われば多くの生存者救出につながる可能性は高い.

 このような捜索にこれまで使われてきたSearchCam(棒カメ)やファイバースコープは到達距離が5m程度に限られる.捜索犬は30分〜2時間程度しか集中力が持続せず,生き物であるため帰ってこられない可能性が高い場所には投入することができない.これに対して,ロボットは狭窄箇所の捜索範囲を数十mに拡大することができ,また,必要があれば使い捨てを前提とした運用も可能である.したがって,これら既存の災害対応手段の欠点を補完する役割を果たすことができる.

 Robin Murphyは人工知能の立場から,重要な技術項目として次の項目を挙げている.
 1) 移動能力:小型,踏破性,ケーブルの処理
 2) 認識能力:環境センシング,ロボットの状態センシング
 3) 認知・判断能力:センサフュージョン,人間の判断支援
 4) 耐環境性:熱,水,土砂など
 5) 通信能力:無線・有線,ネットワーク
 6) ヒューマンインタフェース:容易なテレオペレーション,半自律機能

 また,ロボティクスの問題点として次のことを述べている.
 1) 捜索救助に使えるロボットプラットフォームがないこと
 2) ユーザインタフェースが未発達であること
 3) 完全自律に比べて,半自律機能の研究が進んでいないこと
 4) どこででも使え,すぐに使えるための技術が進んでいないこと

 WTCの復旧作業で非常に有効に機能した技術としてGPS,地理情報システム(GIS),携帯端末が挙げられる.すなわち,収集された遺体,その他の情報が,発見された位置情報とともにGISに登録され,それが復旧作業を著しく迅速化している.また,小型ヘリコプターからの画像や衛星からのリモートセンシングデータも同時に利用され,GISとの連携が図られた.これらはいずれも情報を収集するという意味では捜索ロボットと同じ機能を果たしている.したがって,ロボットのあるべき姿として,単に狭窄地でのセンシング活動を行う機械というだけでなく,GIS等,他の手段と統合することによってその能力を最大限に発揮するという方向性が望まれる.さらには,分散センサ(たとえば分散カメラやデータタグ)との統合,データを解析し予測する手段との統合,人間の意志決定を支援する機能との統合,などを考えることが必要である.[2]
 その際に我々研究者が注意しなければならないことは,ロボットはひとつの道具に過ぎないということである.災害対応の技術は総合的なシステム技術であり,その中でロボットがどのような役割を担うことができるかを考え,全体システムの視点に立った発想で研究開発の方向性を定める必要がある.

 さらに,災害対応においてもっとも主要な役割を果たすのは人間であることを忘れてはならない.遠い将来に鉄腕アトムが実現するまでは,すべての局面で,人間が判断を下し,人間が活動し,人間が救助するという現実がなくなることはありえない.ハイテクはそのための機能の一部を提供する道具に過ぎないのである.

 すなわち,ここで我々が考えなければならないのは,人間を含めた社会システムをどう設計し,その中にロボットをどのように埋め込むべきか,という問題である.

参考文献
[1] http://www.crasar.org/
[2] 田所,北野編,ロボカップレスキュー,共立出版,2000



2002年2月末現在で,遺体等の回収作業は地下7階のうち地下4階まで進んでいる.


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Last Update :  2002/4/15

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