夢・21世紀の研究
21世紀はエコマテリアルの時代
原田幸明(金属材料技術研究所)
「鉄腕アトム」がまた文庫本で復刊されている。我々の世代にとって未来への夢を膨らませてくれた漫画である。今読み返してみても、既に30年前のロボイドの巻で光磁気ディスクらしきものが登場しているのには驚かされる。その他にも「アトム」の中には様々な未来技術が描かれていたが、何故か印象に残っているのは、建物や乗り物などのやわらかい丸みのある形であり、無機的な冷たさではない暖かな材質感である。世の中が高度成長へと動いている時代に、未来の人間の生活はこのようなあたたかな技術の中で支えられるのかなあ、と子供心にイメージされたものだ。
リオデシャネイロ、1992年6月。「地球サミット」は人間の活動が有限な地球環境を破壊しつつあり我々の文明は危機に瀕しつつあるとの警告を発し、持続可能な社会へと転換していくための行動計画を決定した。「アジェンダ21」である。果して人類は産業革命以来指数関数的に資源を浪費しエネルギーを浪費してきた。地球が人類に貸し与えた資源を有効に利用する技術を作り上げる前に人類はそれをそして末来を汲みつくそうとしているのだろうか。
東京、1992年。レアメタルの将来像を考えようと大学、国研、素材メーカー、ファブリケーター等から材料関係の研究者が集まった。論議はレアメタルの枠を外れ材料全体の将来へと発展していった。材料技術のフロンティアはどこにあるか、宇宙、ジオ、バイオ、極限場、極厳環境、巨大、極微細領域などなど、それぞれの分野の専門家の意見が聞かれた。材料を使うのは人間だ人間との関係にもっと注目すべきだ、とある研究者が指摘した。金属は地球から掘り出して多大なエネルギーを使って材料にしていることを無視して将来の材料は語れない、と意見が出る。それは単なる留意点だ材料開発のモチーフ足り得ないとの批判も出てきた。議論が繰り返され、ここに、エコマテリアルという考え方が生まれた。
エコマテリアルは、以下の3つの指標を総合的に満たす材料である。
1.人類の活動圏を拡張する一フロンティア性
2.人類の活動圏と地球環境との調和を図る一環境調和性
3.活動圏の内部で生活環境を豊かにする一アメニティ性
この指標から見ると、従来の人工材料はフロンティア性には優れるが、環境調和やアメニティ性には劣り、天然の素材そのままではその逆である。これらの足りないところを補って総合的に材料にしていく、これがエコマテリアル化の方向である。環境保全のために特殊な機能を持つ素材の開発も必要である。しかし同時に、構造材料などとして現在用いられている多くの材料をよりエコマテリアルの方向に近づけていく努力が必要とされている。
「アジェンダ21」では、a)エネルギーや消費材の使用量を極小にするための技術開発、b)再利用資源を優先的に使用できる生産体系の採用、c)廃棄物発生量を極小とする生産工程の選択、などがわれている。これは、大量生産大量消費を前提とした現在の材料技術体系に対する問いかけでもある。様々な特性を出すために添加されているそれぞれの添加元素は特性出現のためのメカニズムの観点からの最少量はいくらか、同様の特性を構造の制御だけでできないか、リサイクルで循環しても原料品位の落ちない材料ができないか、さらには、自然の反応を利用したゆるやかな材料プロセスの可能性は、自然の持つ構造を人工材料の中に取り込めないか、などなど。
これらの問いかけは材料科学への問いかけでもある。なぜこの元素を添加しているのか、強度と靱性はかねそなえるには複合しかないのか、材料中に空隙が存在することは本当に好ましくないのか、他にも多数、常識としてかたずけられてきたことを問い返す時に来ている。材料をその閉ざされた材料学的体系からではなく、材料が「使われる」「使う」という視点から「材料工学」を見直す段階にきている。現在、材料科学は原子レベルでの観察、メゾスコピックレベルでの制御、高速計算などによるシミュレーション等が可能な段階に達している。これらを特異な材料に限るのではなく普通の材料を普通に使う技術の中に生かされないだろうか。材料の内部にとどまるのではなく、材料の使われかたや材料に至るまでの過程を考えて材料を開発していく、それが材料をエコマテリアルへと進化させていく道であろう。
西安、1995年。この歴史的な街でエコマテリアル国際会議が開かれた。その中に200名近くの中国の若手の材料研究者が参加し積極的に意見を戦わせていた。エコマテリアルは世界へ、21世紀へと歩きだしている。
「鉄腕アトム」で未来を夢見た子供達が、その未来を現在として創造する責任ある立場になってきている。エコマテリアルは21世紀への解答の一つであろう。鉄腕アトムが誕生した年、西暦2003年。そこまであと7年。
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