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日本機械学会会員の皆様,明けましておめでとうございます.
新年は,普段は忙しく働いている人々に過ぎし1年を振り返り,将来について思いをはせる機会を与えてくれています.ここでは,この1年の会長としての活動を振り返りつつ,今後の日本機械学会の果たす役割について考察してみたいと思います.
さて,東日本大震災と福島第一原発事故から1年と9ヶ月が経過し,関係機関からの事故調査報告に続き,震災や原発事故に関係した当事者によって執筆された回想録も出版されるようになってきました.会員の皆様の中にはそのうちの何冊かを読まれたかたも多いと思います.いずれも,今回の震災と事故が未曽有のものであり,被害範囲が広く,甚大であるだけではなく,少子高齢化と過疎化に悩む地方都市や,円高と設備の老朽化に悩む産業に大きなダメージを与えていること,また,連鎖的に発生しているエネルギー問題を通じて日本の脆弱さを再確認させるものです.構造災という言葉で語られることもあるように,原発事故とこれに関連した問題は,日本の社会システムに深く関係していることが社会科学者の分析によって明らかになってきました.回想録を通しては,困難な状況下に置かれた関係者が追い詰められた環境下で最善を尽くそうとした状況がひしひしと伝わってくる一方で,緊急時の判断や意思決定がいかに困難なものであり,各関係者の経験やその立場からの発言が時として誤解を呼ぶものであるということを知ります.改めて,異分野の専門家との交流と専門家以外の市民に対するエンジニアリングコミュニケーション,説明力強化に力を入れてこなかった日本の現状を情けなく思います.
日本機械学会では地震の直後に「東日本大震災調査・提言分科会」および「長期的視点からの提言検討委員会」の二つの組織を立ち上げ,機械工学に携わる技術者および研究者として反省すべき点,学ぶべき点,将来に向けて改善すべき点は何か,また,日本機械学会として何が出来るかといった視点から活動を行なってきました.「東日本大震災調査・提言分科会」では七つのWGに分かれて,また,「長期的視点からの提言検討委員会」では当初三つのWGに分かれて活動を行いました.(1)将来のエネルギー源・エネルギー利用に関する定量的評価と提言,(2)人工物に対する信頼性・ロバスト性の確立と危機に対する管理制御方法,(3)工学を社会に対して適正に説明する方法とそのための機械技術者の人材育成の三つのテーマについて検討し,さらに四つ目のテーマとして,(4)福島原発事故の教訓から学ぶ工学の原点と社会的使命〜安全・安心社会構築に向けて〜を追加しました.これらについては本誌2012年6月号に活動の経過を中間報告書として纏めました.また,日本機械学会も情報交換に参加したASME会長タスクフォースによる原発事故に関するレポート(Forging a New Nuclear Safety Construct:原子力の新しい安全概念の構築)が6月に提出されました.この中では,今後の原子力安全を考える際には,放射能に対して公衆の健康と生命を守るとのこれまでの目的に加えて,原子力の過酷事故の影響は社会的政治的及び経済的な崩壊につながり,社会に膨大な負担を負わせることになることを認識する必要があるとの立場から,事故による放射性物質の放散によってもたらされる社会的な崩壊を防ぐための全てのリスクを勘案したうえで予め整合的に計画され,実現されるべき全ての体系にもとづいて対処してゆくという考え方が示されています.これはAll-Risk Approachと呼ばれています.12月にはワシントンでこのレポートに関するワークショップが行われ,これに参加しました.このワークショップは,世界各国のステークホルダー(産業界,規制当局,学会,政府機関等)が,新しい安全概念の方向性や解決すべき課題とその方法などについて議論し,ASMEの考え方について共通認識を醸成することを目的として開催されました.このように,大きな枠組みの立場から考え直す動きも始まっています.目下,日本機械学会では,最終報告書の取りまとめに向けた活動が続けられています.また,学会からの情報発信の仕組みとエンジニアリングコミュニケーションに分かれて,社会に向けての情報発信活動のありかたに関する検討も続けています.今後は,今年度末に最終報告書を完成させた後,市民向けの報告書を発行し,報告会を開催する予定です.
さて,会長個人としては,機械工学の果たす役割について考えるための調査を続けています.昨年9月には英国機械学会,12月にはアメリカ機械学会を訪問し関係者と議論しました.英国機械学会は技術者集団からの声を政策提言に反映させる動きを始めています.また,メディアを通じて報道された政策提言や活動報告の回数やネットでの反響を収集し,どの程度市民に浸透したかをデータ収集しています.アメリカ機械学会はインドやアフリカなどの途上国を対象に,その場所にふさわしい適正技術を使って再生可能エネルギー利用等を女性や子供を巻き込んだ形で展開する取り組みを始めようとしています.この動きは,日本でもNHKのTEDという番組を通じて放映されており,ご存じの会員もおられると思います.このように,専門家同士の交流や情報交換としての学会活動ではなく,社会を強く意識した活動に重心を移動させようとしています.つまり,従来の機械工学の対象だった,「もの・こと」から「もの・こと・しくみ」にその活動範囲を広げているとも言えるでしょう.いま,日本でも工学が合意形成に果たす役割が大きいと感じています.このような状況下では,正確な情報発信が求められますが,慎重にしかし怯むことなく課題解決に貢献しようではありませんか.
末筆ながら,本年も変わらぬご支援,ご協力を賜りますようお願いし,新年のご挨拶とさせていただきます.
平成25年 元 旦
(日本機械学会誌2013年1月号より)