社団法人日本機械学会

NASAでの経験と日本の技術

NASAでの経験をお聞かせください。

【久保田】  火星ミッション「マーズ・パスファインダ」が1997年に火星に着陸し、「ソジャーナ」というローバが動いたミッションのときにちょうど私はNASAに滞在していました。NASAでは、そのローバのグループにおりました。着陸をリアルタイムで一般公開をしておりましたが、着陸してもなかなかロボットはおりてこなかったのです。でも、そばに居たNASAのスタッフは、世界をリードし、我々が火星を知るのだ、という自信の下にやっていて、まさにその自信を見せつけられました。その時、日本も負けてられないぞという気持ちになりました。

 また、彼らがすごいのは、単に新しいことをするのではなくて、戦略やロードマップに沿って、今までの経験を積み上げて新しいことをやっているということですね。そして、いろいろな大学と連携し、ネットワークをつくり、様々な技術も持っています。さらに、彼らはアメリカの技術にこだわらず、他の国にいい技術があるとそれを取り入れています。びっくりしたのは、ロボットの車輪を動かしているギアにハーモニックギアを使っていますが、これは日本の技術なのです。つまり、日本機械学会で今までやってきた技術を実はNASAも注目していて、日本にはいい技術があるということで導入したというわけです。そういうこともすごいなと思いました。(*学会注:ハーモニックギアは日本機械学会優秀製品賞2005年度受賞しております。)

日米の文化の違いと日本の「技」:「はやぶさ」のおてだま技術

NASA ジェット推進研究所滞在(1998 年)

【久保田】  NASAに1年間滞在して彼らなりのやり方や文化というのを学びましたが、緻密さとか、技とかというのはまだまだ日本は上だなと思いました。「はやぶさ」はまさしくそういう「わざ」を使ったのではないかという気がしますね。

 「はやぶさ」で一番苦労したのは先ほどお話した着陸の時でした。小惑星も自転していますから、降りたときに横方向速度をキャンセルしないと、降りた瞬間に横方向速度の力を受けてしまいます。イトカワとの距離を測れば高度はわかるのですが、小惑星の横方向の速度は簡単にはわからないのですね。NASAは速度計を開発していますが、小惑星表面というのは非常にゆっくり動きます。1秒間に数cmぐらいしか動いていなくて、それを測るのはとても難しいのです。我々はそういう速度計を持っていませんし、もっと軽量で簡単に確実にできる方法はないかということを考えました。

 最初に思いついたのは、電波源を落として電波を受信し、速度を推定するという技術でした。しかし、私は、画像の専門家でしたので、小惑星にある模様が動く流れを見て速度を測る、オプティカルフローという従来技術が使えるのではないかと思い、それを提案しました。しかし、ある人から、小惑星は白っぽくて模様があまりないかもしれないので、それでもできますか?と指摘されました。確かに模様がないとできないのです。そうすると今度は別の人が、表面が明るくても光が返ってくるように、工事現場で使う反射シートを周りにつけることを提案してくれました。最終的にこの方法をつかって「ターゲットマーカー」を落とし、それに光を当てどう動いているかを見て速度を測ることにしました。

 しかし、反射シートをつけた物を落とすということまでいいのですが、イトカワは重力がとても小さいので、下手に落とすと物がバウンドしてくる可能性がありました。さらに、表面が岩石のようにかたいともっと大きくバウンドしてきます。物を落として、それが落ちつくまでに時間がかかるし、場合によっては、そのまま返ってくるかもしれない。そのため、反発係数の小さいものを落とすことにしたのですが、これはとても難しい問題でした。

 反発係数の小さいものをどうやってつくろうかということで、いろいろ調べると、反発係数の小さいゴムとかはあるのですが、ゴムは劣化してしまうのですね。そうしていた時、同僚がお手玉がいいと言って、実際に会議にお手玉を持ってきて、壁にぶつけました。投げられたお手玉は壁にぶつけてもはね返ってこないのですね。お手玉の中は小豆ですが、お手玉が壁にぶつかった瞬間に中の小豆がぶつかって、熱になって、運動エネルギが小さくなる、そういう効果があるだろうということで、実際の「ターゲットマーカ」の中はビーズにして、シミュレーションと実験をしました。これは結構うまくいきました。ビーズの充てん率を工夫すると、反発係数は0.1以下になりました。これで「ターゲットマーカ」を高度30mから落とした時に、最初のバウンドで3m、その次は30㎝、さらにその次は3㎝で大体落ちつくだろうということがわかりました。実際にこのお手玉という日本の伝統的なものを使い「ターゲットマーカ」を落下させ、横方向速度をキャンセルし、「はやぶさ」は無事着陸できました。我々が確立したこの技術はアメリカにはできないものだと思いましたね。


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